【2020年1月号コラム】

「自由からの逃走」。ドイツの哲学者、エーリヒ・フロム(1900〜80年)の著書の名前だ。ナチズムに支配されたドイツを考察し生み出された、自由を手にした大衆が行く着く先の概念を表している。自由とはどういう意味なのか▼大学生になり、自分で決められることが増えた。他人にお金の使い方や時間の使い方を強制されることはない。毎日クラスメイトと同じ授業を受け、同じ制服を着て、給食を食べていた中高時代に比べて、今の私は自由を手にした▼逆に自由の苦しさも感じるようになった。誰にも干渉されないからこそ、失敗しても叱ってくれる人はいない。あんなに求めていた自由という環境がつらくなった▼例えばサークル活動。参加するもしないも強制ではない。給与が発生するわけでもない。自分自身のやる気を奮いたたせることは難しい。やりたいと思ったのは自分なのに、頑張れない自分が悔しく、腹が立った▼︎フロムは著書で、自由とは個人的な自我の実現、感情や脳裏力の実現のことだと、考えを述べている。ナチズムに傾倒していたドイツ国民に与えられていたのは社会に矯正された自由だった。私はどうだろう。他人に影響されず、やりたい事をかなえられる状況にいるのに、自由の代償を背負うことを避けている▼︎大学生は自由だ。だが表向きの意味だけを信じてはいけない。自由には必ず責任や義務がついてくる。自ら選んだ「自由」から逃げてはいけない。自由には強い意志が必要だ。 【二宮聡子】

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