【1月号】三叉路

私にとって生きていることを一番実感できる瞬間は腹が減った時だ。正月は食っちゃ寝を繰り返すため腹がすかない状態が続く。腹がすかなければ生きる気力がなくなり憂鬱な気分になる。戦時中、食べる物がなく空腹を耐え忍いだ人たちがいたことを思うとなんてぜいたくな悩みだろう▼正月に祖父の家に行き、みんなでカニを食べた。殻の中の身を取って食べるのは集中力と根気がいる。楽しいはずの食事が皆無口になり、通夜同然。なぜか周りに注意が行かず自分と向き合う感覚になるため、座禅を組むよりも適した精神統一の修行かもしれない▼私はある程度身が取れると、少し殻の中に身が残っていても諦めてしまう。一方で祖父はこれでもかというほどカニをほじり、家族の中で一番長くカニと格闘していた。昔の人は食べ物への執着が強いと聞いたことがある。戦争を経験した祖父も、十分に食べることができなかった経験が記憶の奥底に刻み込まれているのだろう▼カニをほじるのは「食べたい」という欲の塊であり、煩悩を断とうとする修行ではない。しかしいつでも気軽に食べ物が手に入る環境にいて、わざわざ苦労して食べることをおっくうに思う私にとっては、最後の一かけらまでカニの身をほじる行為は立派な修行だ。祖父とカニを食べ、食べ物を粗末にしない姿勢を学んだ▼食べ物であふれる正月だが、食の尊さを改めて感じることで自分が生きていると実感し、生きる気力が湧いた。【川村仁乃】