「グラウンドに立てるのが嬉しかった。野球ができる幸せを実感している」。昨季、リーグ戦初先発初勝利を挙げた同志社大の平尾奎太(3年)。重い病を克服した大型左腕は思いを口にした。

 188㌢の長身から投じる角度のある直球を武器とする平尾奎。大阪桐蔭高時代に春夏連覇を経験した大型新人として期待されたが、現実は苦悩の連続だった。

 高校2年のころに腎臓の病が発覚し、激しい運動ができなくなった。大学入学後は治療に専念するため練習に参加せず、ボールを握るだけの握力トレーニングやストレッチの繰り返し。「周りが練習している中で、常にもどかしい気持ちがあった」。心の支えとなったのは、現在阪神タイガースに所属する岩田稔投手の存在だ。岩田投手は1型糖尿病という病と戦いながら、現役のプロ野球選手として活躍している。闘病しながら野球を続ける、同じ境遇に刺激を受けた。

 病の発覚から約3年半の時を経て、大学2年の3月から実戦に復帰。ブランクの期間を補うため、一心不乱に練習した。しかし、復帰して間もなく迎えた春季リーグ。高校時代に最速145㌔を記録した直球は影を潜め、リリーフとして短い回の投球しかできないままリーグ戦を終えた。「春季リーグの悔しさが暑い夏の練習に生きた」。投げ込み、走り込み。先発して100球以上を投げ切るため、体づくりに徹した。

 歓喜の瞬間が訪れたのは昨季、第6節関西学院大との2回戦。「やっと(自分の出番が)きたなと思った。敵よりも味方に自分の力を見せつけたかった」。リーグ戦初先発を任された平尾奎は8安打を浴びながら、三塁すら踏ませない粘りの投球を披露した。完封。高校3年夏以来のことだ。試合を終えた男の顔は輝きに満ちあふれていた。第8節の立命館大との一戦ではリリーフとして登板し、142㌔を記録。影を潜めていた直球も息を吹き返し始める。

 復帰から一年。チームが4季連続5位に沈む中、今季は投手陣の柱として活躍が求められる。澁谷監督は「もともとのポテンシャルが高い投手。まだ完全に力を発揮できていない分、未知数で楽しみ」と期待を込めた。平尾奎も「最高学年として、プレー以外にも重点をおいてチームをまとめていく。自分が先頭となって引っ張る」と自覚は充分だ。

 大学最後の一年は勝負の年。復帰を果たした男は力強く語る。「この一年は自分の年にしたい。関西で一番良い成績を残せるように。身近にいる相手投手に勝つ」。誰よりも苦悩を味わった左腕が今季、野球ができる喜びをかみしめ、チームの柱として覚醒する。