変わる大学の意義(上)
製薬会社ノバルティスファーマ(東京)と京都府立医科大の産学連携事業に不正が発覚した。不正の目的は、ノバルティスが販売する配合薬の効用水増しだ。
大学と企業の健全な連携は可能なのか。産学連携の現状を展望、学生の関わりを取材した。
大阪大の産学連携本部は、2011年に発足した。人材育成を研究力強化を柱とした「Industry on Campus」を進めている。ポストドクター(ポスドク)も積極的に登用し、企業と共同で研究を進める5つの協働研究所と34の共同研究講座を設置。イノベーション創出に向けてさまざまな取り組みを行っている。
総合企画推進部副部長の神崎伯夫さんは「企業と協同することで協働することによって研究が加速する」と話す。協働研究所や共同研究講座を設置した場合、設置期間中は大学の研究者が研究や講座に専念することになるため、いち早く成果を挙げることが可能になる。また、研究のゴールが明確になり、研究生の意欲を保つことができるという。
特に力を入れているのは医療分野だ。免疫学と再生医療を中心に、6月11日現在全30プロジェクトを進めている。また、臨床研究に踏み切る際は必ず倫理委員会の審議を通し、研究不正を防止している。
しかし、大学側の研究者が協働研究所や共同研究講座に専任として参加する場合は大学の研究科を離れることになるため、終身雇用から有期雇用に移る。さらに、企業の学内進出に伴い、情報漏えいの危険性も増加することに。円滑な連携のためには、大学と研究者がそれぞれリスクマネジメントを徹底する必要がある。
社会へ還元 見える形で
一方、立命館大で連携が始まったのは1994年。理工学部のびわこ・くさつキャンパス(以下、BKC)移転に伴い、企業との連携を本格化した。95年に窓口となるリサーチオフィスを開設し、利益相反の調整や制度構築を担当。2012年時点でおよそ350件の協働研究が進んでいる。
また、連携の本格化以前に、企業との交流は活発になっていた。立命館大は1992年に学外交流倫理基準を設定。同基準は、学外企業や団体との協力に際して「自主・民主・公開・平和利用」の4つを原則としている。BKCリサーチオフィス課長の栗山俊之さんは「私立大では90年代前半から産学連携的な交流が活発化した」と話す。本格化から20年たち、連携の支援体制も学内ではほぼ浸透した。
「産学連携は新たな段階を迎えている」と栗山さんは分析する。2000年代前半から国公立大でも連携が本格化した。産学連携の次の課題は、製品化や技術実装などによって、成果を目に見える形で社会に還元していくことだという。
法人化&アベノミクス
ベンチャー活性化 課題残る
2003年の国立大学法人法(以下、法人法)制定により、2004年度から国立大学が法人化した。研究者が取得していた特許や各種ライセンスは、全て大学に還元されるようになった。
研究に対する大学単位でのモチベーション上昇とともに、大学発ベンチャーの重要性が高まった。大阪大や神戸大は法人化を主なきっかけに、産学連携を担当する部局を設置。研究者と企業との仲介を主な役割として、制度構築を進めてきた。
法人法制定からおよそ10年がたった2012年、安倍晋三首相のアベノミクスが本格的に始動した。アベノミクス第3の矢は、民間企業を活性化させ雇用や税収を増大させることが狙い。「民間投資を喚起する成長戦略」の中で、「イノベーション創出のための研究開発環境の再構築」を掲げた。長期の経済停滞から脱却するため、大学も社会構造の変化に対応し、大学もイノベーションの拠点になることを迫られた。
首相は2013年、4つの国立大学法人に対して合計1000億円を配分した。目的は、大学発ベンチャーなどリスクを伴う営利企業に直接出資を可能とすること。関西では京都大に292億円、大阪大に166億円が配分された。14年には、法人法改正を経て技術移転機関(TLO)以外にベンチャー支援企業などへの大学による出資が解禁に。出資金の運用について、京大は回答を控えたが、阪大は子会社を設置して投資に当たるとしている。
同年5月、政府は博士号取得後も助教などのポストに就けずにいる「ポストドクター」が、正規の職に就けるよう国立大に促す方針を発表。――〈1〉学内で若手向けへのポストを増やす〈2〉産学連携を強化し、企業も含め安定した職に就けるようにする――ことなどを求める。
一方、京都府立医科大と協働で臨床研究に当たっていたノバルティスファーマの元社員によるデータ改ざん事件のように、産学連携にまつわる問題も発生している。企業側の倫理教育やデータ検証の徹底など、健全な連携には課題が残る。
キーワード解説
【産学連携】
新技術の研究開発や新事業の創出を図ることを目的として、大学などの教育・研究機関と民間企業が連携すること。政府や地方公共団体などの「官」を加えて、「産官学連携」ともいう。
【利益相反】
産学連携事業に関して、大学の教職員や大学自体が外部から得る経済的利益と、大学における教育、研究上の責任が衝突する状況。個人や大学のマネジメントにより解決する必要がある。
【ポストドクター】
博士号取得後に任期制の職に就いている研究者のこと。日本では大学院生と助手の間に位置する任期付きのポジションを指すことが多く、国内で15,000人を上回っている。(2012年時点)
【ベンチャー】
「ベンチャー企業」「ベンチャービジネス」の略。新技術や高度な技術を主軸に、大企業では実施の難しい革新的な経営を展開する中小企業のこと。「スタートアップ」ともいう。近年は大学の研究成果をサービスや製品として発信する「大学発ベンチャーが増えている。
【アントレプレナーシップ】
起業家精神のこと、知的好奇心や発想力、問題解決能力などを合わせた総合的な能力を指す。当初のアントレプレナー教育は未来を担う起業人を育成することを指していたが、近年の教育現場では、起業家の生き方や精神を学ぶことで、社会を生きる上で重要な能力を身につけるという広義の目的で説明されることが多い。
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