「当時の学生は政治というものを広く思想的に捉えていた」。佐伯教授が東大に入学した1968年、東大ではちょうど学生運動が活発な時期だった。入学して二月で無期限スト、翌年の1月には有名な安田講堂事件。そんな中で佐伯教授自身もマルクスなどの思想家を背景とした議論を学生同士で良く行っていたという。

当時はベトナム戦争、70年安保闘争など反体制の機運は最高潮。しかし、政府転覆などの過激な運動に対して「行き過ぎなんじゃないのか」との認識を持って学生運動を見ていた。東大では安田講堂事件を最後に学生運動は収束。佐伯教授は「ちょっと大きなお祭り騒ぎだった」と話す。

現在、学生の政治に対する意識には学生運動の失敗に原因があるという。失敗によって思想は政治経済から離れた。その結果、政治の問題は思想といった大きな枠組みから、より狭い個別的な政策へと焦点が移ってしまう。その典型例としてあげるのがマニフェスト選挙だ。政治的無関心と呼ばれるのもこの変化を指していると佐伯教授は捉えている。

政治討論番組がテレビで多く放送され、学生も見る機会は多い。しかし、そこで討論されているのはマニフェストの中身など個別的な政策が中心。確かに私たち学生にはより個別具体的政策の方が身近だ。

とはいっても「学生に議論をふっかければ関心を持ってくる。潜在的には(広い思想的な問題に)無関心ではない」という。現代においても民主主義、憲法問題など思想的な問題がある中、学生の間で議論が活発になればかつての学生運動時のような機運に「変わりうる」と述べる。

「学生同士、(対面で)議論をして信頼関係を気づいていければ良いと思う」。まだまだ思想的な問題が山積している中、大きな視点を持って物事の総合的な捉え方を訴えた。

●佐伯啓思教授
京大人間・環境学研究科教授。東大経済学部卒、現代問題を思想、歴史などトータルな観点で捉える「現代文明論」を学部学生を対象に担当。保守派の論客として論壇誌への執筆活動を行っている。第23回正論大賞を受賞。
・代表作
佐伯啓思『日本という「価値」』(NTT出版、2010年)