コラム「おんな坂」

人間が生きる為には「衣・食・住」が不可欠である。しかし、これらの生活条件のうち姉歯氏の耐震偽造問題など「住」に対する不安に始まり、最近「食」に対する不安までもが広がっている。赤福、船場吉兆などの有名店までもが偽装を行っていたりとずさんな食品管理が明らかになった。きっとこれらは氷山の一角にすぎない▽これまで私は店頭で販売されている食品を何の疑いもなく購入してきた。無意識のうちに賞味期限を目安にし、この食品はこの日までに食べれば大丈夫と考えていた。その判断のよりどころとなる賞味期限などの製品表示が偽装されているとは思いもしなかった。しかし今や食の偽装は私たちの身近なものとなっている▽一度食べてしまった物はもうリセットすることはできない。だからこそ、これから私たちは自分の健康に関わる「食」に対して真剣に向き合っていかなければならないだろう▽私たち消費者は製造過程を見ることができない以上、製品表示を信じるしかない。次々と食品偽装が発覚した今、製造業者には目先の利益に走るのではなく、製品表示を信じる消費者に安全な品質で製品を提供しなければならない責任があることを再認識してほしい。

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大石歩美

 最近「エコ」という言葉をよく耳にする。それだけ世間から関心を持たれ、環境問題が深刻になってきているからだろう。この間、本屋に立ち寄ったら地球温暖化について書かれている本の中で興味深い文章があった▽『これからはペットを飼うとしたらラクダはどうか。交通手段としても利用でき、ラクダのミルクは飲むこともできる上、毛皮を服として使うことも出来る。しかし、ラクダがペットとして最適な1番の理由は暑さに強く、干ばつに耐えられるからである』▽なるほど、確かに温暖化が進めば、この動物は便利になるかもしれない。しかし、それは根本的に無理である。飼える場所など我が家にはない。まして、そんな大きな動物を飼うことなど世話が大変に違いない▽そんなことよりも、私はひそかに実践していることがある。例えば、今年の夏はとても暑かったが、家のクーラーの設定温度を28度にし夏をなんとか乗り切った。また、コンビニで買い物をする際はレジ袋を貰わないことにしている。学校ではペットボトルを買わずに済むよう、水筒を持参している▽私達が身近なことから生活を変えていけば、ラクダが必要になるような未来は来ないのではないか。

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山本明日香

 「就活」という言葉に敏感になっていく先輩。「企業研究」「企業訪問」。言葉を重ねていくうちに思い出した。昨年、京女校内で見た光景▽私がその人と出会ったのはちょうどA校舎前だった。スーツのきまった「えっ」と振り返りたくなるような美人。足長。色白。目鼻立ちはっきり。仕事のできそうなキリっとした女性。私は思わずふりかえった。彼女が美人だったから。そして、何よりもガニ股でノッシノッシと歩いていたから▽「百年の恋も一時にさめる」とはこのことをいうのだろうか、と思ってしまった。同時に、母に言われ続けた言葉を思い出した。「そのときだけ取り繕ってもあかん。毎日、きちっとしていなさい」▽どんなに取り繕っていても、ふと素の自分が出るときがある。例えば電車に乗ったとき。気がつくと足が開いている。例えば言葉遣い。敬語がちぐはぐになったり、ごまかして使っていたりする▽私は短大2回生。そろそろ進路を決めていかなければならない頃。「人の振り見て我ふりなおせ」。これも母から教わったこと。大きく進む今だからこそ、身の回りの身近なことから見直していきたい。なんてったって、私もガニ股族なのだから。 

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荒田永利子

寮に住んで2年目。ある日、寮のお風呂場で「ねぇ、私太ったかも…」「え?私もやばいよ」と2人で、お互いのおなかの辺りを探り合っている光景を目にした。小太りの私はそれを見て、「いやいや、どっちも細いだろう」と心の中で悪態をついた▽私も細くなりたいし、美しくなりたい。確かに見た目は美しいに越したことはないが、細身の人も小太りの人も、体重の管理や体のバランスを保つのは難しい。「食事制限によるダイエットの末に、リバウンドで前より太った…」なんて話は珍しくないし、「風邪を引いて、一気に体重が落ちてから、体の調子が悪い」こともよくある。「食べすぎで太って、動くのが億劫になった」というのもよく 聞く話だ▽特に1回生はそろそろ学校にも慣れてきたころ。1人暮らしを始めた人は、自炊がめんどうになってきているころかもしれない。寮生はレトルト食品に頼ることも多くなってきているのではないだろうか。「細くなりたい。美しくなりたい」からこそ、1人暮らしや、寮生にありがちな食生活を見直したい。 野菜をたくさん、お菓子はほどほどに。そう自分に言い聞かせつつ、目の前のお菓子の誘惑に私は勝てない。 

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荒田永利子

あなたは何か一つでも好きな言葉をもっているだろうか。私にはいくつか好きな言葉がある。そしてその中でも最近気に入っているのは、ありきたりかもしれないが「ありがとう」という感謝の言葉だ▽この言葉を私が最近使ったのは母の日だ。高校までずっと親元にいたため実は親の有り難みが実感としてなかった。だが親元を離れ大学に入り、日々の生活にも慣れてきて最近はしみじみと思うようになってきた。親しい友人たちと話していても心細く思う日などは特にだ。なんでも話せるわけではないが、日々生活していると時には友人には相談できない事や、親しか本当に心配してくれない事がでてくる。だがめったに会えないので、今までならいつでも相談できた両親にそんな時すぐに会って話せない。電話でも話せるが実際向き合って話しをするのとはまた違う。こんな時本当に親の有難みを感じいつも心配してくれて「ありがとう」と言う言葉が出てくるのだ▽あなたも母の日に続き、父の日がやってくる6月に普段は気恥ずかしくて言えない親しい人達への「ありがとう」の気持ちを言葉にしてみてはどうだろうか。せっかく良い機会を与えてくれるイベントがあるのだから。 

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内藤悠子

おんな坂の桜が見事な季節がやってきた。去年の春に入学した私は、慣れないことひとつひとつに悪戦苦闘していた。履修登録や寮生活、周りに置いていかれないように一生懸命だった。お化粧もその内の一つだったのだと思う▽大学に入学し、周りの大人っぽさにたじろいだ私は「とりあえずしなければ」という感覚で毎日お化粧をしていた。それまでは、あまりしたことがなかった。興味がなかったのだ。興味が持てずに義務的にするお化粧は、苦手だった▽「心化粧」という言葉を耳にしたことがあるだろうか。心構えをして、改まった気持ちになることである。例えば、入学式にスーツを、卒業式に袴を着る感覚。そういえば理解してもらえると思う▽ありのままの素顔でいられるというのはすばらしいことだ。京女生は素顔の方もとても多く、それはすばらしいことだと思う。でも、その言葉を知って、私はお化粧をすることが苦手でなくなった。心構えをすることで、受け入れられることが増える。女の人はそうやって大人になっていくのではないか、そう思うようになったのである▽お化粧を覚えて早一年。心も一緒に切り換えて、今日も私は外へ出る。

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鈴木智美

「メタル」という音楽をご存じだろうか。「知らない」、「聴いたことがない」、「好きだなんてもってのほか」という人がいたら、勿体無いとの言葉を送りたい。「メタル」はその音楽性、スタイルから毛嫌いされがちだが聴いてみる価値はある。きっと、普通のポピュラー音楽にはない音の迫力とその世界の奥深さに圧倒されることだろう▽「メタル」というジャンルは、それを知らない人にとっては得体の知れない食べ物と言えるけれど、だからこそその味を確かめて欲しい。何か新しい物事に手を出すのは、それが未知のものであるほど不安になり、やる前からできないと決めつけてしまいがちだ。しかし、そういう姿勢では何も新しいことを始められない。何しろ、始める前に既に挫折しているのだから▽「メタル」に限らず、どんな事物に関しても食わず嫌いでは勿体無い。好き嫌いはあってもいいけれど、食べないうちに批判するのは尚早だし、簡単すぎる▽未知の領域に入っていくのは、一歩目が難しい。でも、簡単なことをしているときには感じられない楽しさがある。メタルに限らず、未知の世界にどんどん進んでいけるような「気概」を持ちたい。

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北村奈七海

この時期になるとふとおとぎ話の『笠地蔵』を思い出す。こんな話だ。昔、貧しい夫婦がいた。正月を迎えるため、おじいさんは笠を作り、町へ売りに行く。おじいさんは、町へ売りに行ったものの、途中で見たひっそりと立たずむ6体の地蔵が忘れられない。おじいさんは、おばあさんに申し訳なさを感じながらも、笠を売らずに地蔵にかぶせる。夫婦は寂しい正月を覚悟する。しかしその夜、地蔵が米や餅、お金を家の前においていき夫婦は明るい正月を迎える。▽私は、この結末よりも、おじいさんがおばあさんに笠を売らずに地蔵にあげたと言った場面が忘れられない。おばあさんはおじいさんの行為を「いいこと」だと褒めたのである。▽苦しい場面に立つと、自分の思いが先走り何も見えなくなることがある。友達にきつい言葉を放ってしまったり、邪険に扱ってしまったりすることもある。そのたびに、何度も後悔する。▽絵本画家いわさきちひろさんの言葉にこんなものがある「大人というものはどんなに苦労が多くても、自分の方から人を愛していける人間になることなんだと思います」20歳の誕生日を迎える今年、私はこんな大人になりたい。

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荒田永利子

みなさんは秋といえば何を連想するだろうか。いつもの私なら迷わず食欲の秋!と答えるが、気候が穏やかな秋こそゆっくり読書するのもいいだろう。ここでは最近読んだ一冊の本を紹介したい。東野圭吾の「変身」(講談社)。この本は主人公が世界初の脳移植手術で他の人間の脳片を移植され、自分ではない誰かになっていく苦悩を描いている。なんだか難しそうだが私がここで言いたいのは脳死や脳移植の是非ではない▽生きるとは何か。「―それは足跡を残すってことなんだ。後ろにある足跡を見て、たしかに自分がつけたものだとわかるのが、生きているということなんだ」(本文より抜粋)この文章を読んで、私が歩んでいる人生は今までも私が歩み、これからも私が歩むのだと思いぐっと足に力を込めた▽足跡といえば日本ハムを優勝へと導き自らの引退を栄光で飾った新庄剛選手も選手生活を振り返り、たしかに自分が残して来た跡を確かめているのだろう。新庄選手の華々しい活躍や生き方は彼にしか歩めない道だ。決して他の人のものではない。私が私らしく生きていくには…どの季節よりも落ち着いた秋にそんなことをじっくり考えてみたいと思う。

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北口佳奈

最近「昨日の敵は今日の友」という言葉を目にした。何のことかと思えば、夏の甲子園で熱闘を繰り広げた早実・斉藤投手と駒沢苫小牧・田中投手が、日本選抜でチームメイトとなりアメリカ遠征に向かったということであった。二人は取材陣から、同じチームになってみてのお互いの印象を尋ねられ、技を誉めあい、照れくさそうな笑顔をこぼしていた▽「昨日の敵は今日の友」意味は、世の中の関係の変わり易いことのたとえ(引用:広辞苑)であるが、最近何かと話題になる日本と中国、韓国との関係。もう何年も前から問題となっていたような気がする。新聞やテレビでよく目にする靖国神社参拝問題や、植民地支配の歴史認識など難しい問題があるのは確かである。しかし小泉首相が退任し、次期首相が決まった今、日本と中国、韓国の関係も大きな転機を迎えようとしているように思う。もちろんその関係が良いほうに転がるか悪い方へ転がるからはわからない。しかし同じアジア諸国の一員として、どうかその関係が斉藤投手と田中投手のように、お互いを素直に誉めあい、伸ばしあえる、そんな関係であるように。二人の照れ笑いを見ながら、私はそう願うのである。

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北村安津沙

今年はワールドカップの年。テレビは連日サッカーの話になった。試合観戦中は皆が選手の動きに一喜一憂。シュートが決まれば歓声を、決められたら落胆の声やあげた▽日本対オーストラリア戦の後、選手を非難する人が多かったらしい。中には「今すぐ日本に戻せ」というも声もあったそうだ。私自身、日本は予選敗退確定だと思った▽しかしクロアチア戦後のニュースを見ていると「試合には負けたけど、川口選手をはじめ選手の皆さんは本当にすごく頑張った」というようなことをキャスターが言った。当たり障りのない言葉を選んだだけかもしれない。だが、私はハッとさせられた▽昔のワールドカップで敗れた日本選手を冷たく迎えたサポーターたちのことが幼いながらにも強く印象に残っている。そのことがあったので非難の言葉はあまり言わない様にしてきた。しかし私は選手に励ましや労いを口にしていたわけでもなかった。観戦中しか全力では応援しない。そんな自分が無性に恥ずかしくなった▽日本は予選で敗退してしまった。けど選手は皆精一杯頑張っていた。そんな選手の皆さんに今、心から「お疲れさまでした」と言いたい。

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松下真奈美

1945年8月6日、広島市に原爆が投下された▽その日が近づくと毎年、戦争ものの特集番組やドラマが放送される。テレビを見ては、「ああ、原爆が投下された日が近づいてきたのか」と気付かされる。番組を見ては悲しい気持ちになり、平和を願う▽しかし、何日か経つと、その気持ちは心の奥底に眠ってしまう▽今年の5月、原爆ドームを訪れた▽「安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませんから」。原爆死没者慰霊碑に刻まれているその言葉が、胸を熱くさせた▽平和記念公園内にある折り鶴を見て、平和を願う多くの人の気持ちを感じた。しかし同時に、3年前に起きた関学生による折り鶴放火事件のことを思い出した▽平和を願う場所、人間の愚かさを忘れない場所であるはずのこの公園で、どうして人間の愚行が繰り返されるのか。「過ちは繰り返しませんから」。その言葉だけがむなしく響く▽広島では、街の至る所に原爆の爪痕が残されていた。しかしながら、日々の忙しさにかまけて、大切なこと、忘れてはならないことが、現代ではどこかに置き去りにされているのではないか。そう感じた旅行となった。

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高橋知世

昭和43年、学生食堂の値上げに反対する学生による集会が開かれた。その後運動は過激化し、44年には学部学生によるデモ隊が構内に侵入、総務部を封鎖して警官に逮捕されるという異常事態まで発生している。京女大であった「学生運動」という過去。今の「平和」なキャンパスからは想像もつかない風景だろう▽大学の「レジャーランド化」と言われるようになって久しい。学生の大学に対する関心は薄くなっている。入学してからしばしば感じる「学生の授業にたいする無感心さ」は大学に対する無感心さでもあるだろう▽京女大に入ったのにも人それぞれの理由がある。「たまたま」といっても、それはいろんなことが重なっての巡り合わせだ。ならばこの巡り合わせの中で自分なりの「学生生活」を作り上げるのが自分たちの使命みたいものではないだろうか▽たかが4年されど4年。人生80年と言われても、青年期の4年がどれくらい大切なものかしれない。この巡り合わせの中で最大限に大学生活を楽しむべく、今以上に大学に興味ち時には何かを「要求」してみるかぐらいの積極性があれば、と二年目の春感じたのだった。

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清水苑代

私は小さい頃、大人になる事に憧れた。十近く歳の離れた兄達がいたせいか、兄達を見ていて大きくなれば何でも自分で出来る様な気がしていたのだ▽最近成人式絡みの何かしらの報道は恒例のものとなった。京都では成人の捨てた煙草の吸い殻拾いをボ ランティアの人が行った。宮城で宮藤官九郎氏を招いた市は、新成人より家族の出席希望者が多く入場制限がかけられたそうだ。「成人」式のはずなのになんとも変な話だ▽元服など、成人の儀は昔から重要な通過儀礼として日本にあった。現在の成人式は「おとなになったことを自覚し、みずから生きぬこうとする青年を祝いはげます」 という趣旨のもと、祝日法で定められた。当然だが成人式は成人のための式なのだ▽先日、電車に着物姿の女性が乗って来た。華やかな姿を見つめてふと、来年の自分の成人式を想像したが、上手くいかなかった。実感がないのだ。事実、送られてきた着物のカタログは未開封のままになっている▽煙草を拾ったボランティアの人が「成人したのだから、もっと自覚を持って欲しい」と言っていた。幼い日に夢見た大人になる事は存外難しいものなのだと後1年にして思わされた。

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松下真奈美

社会は日々刻々と変化を遂げる。その変化に伴い、大学もまた変化する。 変化というより成長というべきか▽私たちの通う京女大にも時代に合わせた変化が訪れる。新学部・学科の設置。プリペイドカードの登場。学生証のカード化。私が入学してからのたった3年間でもこのように大学は動いている▽そして藤花通信は創刊して4年、大学の動きを学生たちに伝え続けてきた。新学部設置などの大きなニュースから、学生主催の演奏会などの身近なものまで。京女大に関わることを取材し、小さな編集部ながらも学生に親しまれる新聞作りを目指してきた▽現在、編集長は4代目に引き継がれ、3年生となった私は12月を以て引退を迎える。私たちは大学の一つの時代をどれくらい伝えることができたのだろうか。見返せば恥ずかしくなるほど拙い記事もある。自分が作った紙面が本当に大学の時代を映し出せていたのか、正直自分でもわからない。しかし藤花通信の紙面に自分の名前を刻めたことを誇りに思う▽これからは後輩に藤花通信を委ね、一読者として見守っていきたい。どうか、藤花通信がわが京女大と共に成長していってくれるようにと。

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河内亜也子

秋も果ての11月になった。突然冷えだした空気に一抹の淋しさを感じる季節だ。そしてまた新入生は入学当初の新鮮さを失い、今後の大学生活に戸惑いを感じ始める時期かもしれない▽私はこの秋、生活の破綻を感じた。大学に入って専門の学問が始まり、また部活、アルバイトと思い当たる場所に足を踏み入れていったが、何一つまっとうに続いていない。「継続は力なり」というまかり通ったことわざがこんなにも難しいことだったとは。私はこうして今回、「続けること」の大切さをしみじみ感じることとなった▽しかし一方で続けることも時と場合によっては限度があると思わされたのが、小泉首相の靖国神社参拝だった。日頃平和ボケしている日本人にはいい啓発になるかもしれない。しかし参拝を続けることで残るものは何なのか、中国との関係にどうやって決着をつけるつもりなのかも考えてほしいものだ、とも思った▽物思いにふけりがちなこの季節、あえて外に目を向けてみたが、とにかく自分は今新たに生活を立て直さねばならない。この4年間でどれだけ成長できるか。きっと春は忙しくしすぎたのだ、継続可能な計画を立て悔いのない大学生活にしたい。

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清水苑代

 「改革なくして成長なし」と発言し、自由民主党と公明党の連立政権を基盤に、構造改革を行っていた小泉総理大臣。しかし郵政民営化関連法案は先の国会で否決と撃沈してしまった。そこで国民の意志を確認するため衆議院を解散し、総選挙が行われた。結果は多くの国民の信任を得ることになった。逆に民主党は劇的ダメージを受ける羽目となった▽この総選挙をみていると自分が大学受験をしていたころを思いだした。選ばれた人の所に花を付けるが如く、自分の数字を必死に探していた頃が重なった。ただ合格と言う二文字を追い続ける為に毎日、 走り続けていた。結果は神のみが知り、受かる子もいれば落ちる子もいた。そんなある意味弱肉強食の中で生きた一年。今は淡々と平凡に過ぎる日々。今までがんばってきた努力は何もしていない間につぶれたみたいだ▽もう一度あのころのようにがむしゃらに走ってみよう。もう一度自分自身を振り返り考えてみよう。今日と言う一日は今日しかなく、今私たちは『後悔』するだけの自分にまだなっていないような気がする▽もう一度あのころを思い出し、新たな学園生活を今スタートしようではないか。

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勝山有香

先日、6月8日で付属池田小事件から丸4年がたった。事件の被害者となった8人のうち7人は当時小学2年生。生きていれば、今小学6年生である。その事実を知り、時間の重みを嫌というほど感じた▽しかし、それと同時に、「光陰矢のごとし」という言葉があるように月日が過ぎるのはとても早いということも実感する▽事件が起きた当時、私は中学3年生だった。それがもう今は大学1年生である。その4年の間色々なことを学び、色々なことを経験し、色々な人々に出会ってきた。しかし、それは生きていなければ絶対に出来なかったことである▽毎日の生活の中で、「生きている」ということを実感する時間というものは、なかなかない。だからかもしれないが、いつのまにか「生きている」ことは当たり前のような感覚になってしまっている。しかしそれは違う。明日、どうなるかは誰にも予測できないし、わからないことである。本当はみんな明日をも知れぬ命なのだ▽だからこそ、毎日「生きている」ということを実感するまではできなくても、その時々にできることをし、毎日の生活を充実させることが必要なのではないだろうか。

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吉永恵美

 「国境の長いトンネルを抜けると、雪国であった」▽川端康成の小説「雪国」の冒頭部分である。年末、帰省する電車の中、ふとこの一節を思い出した▽日本海に面する私の故郷は冬になるとまさに雪国の様相を見せる。ふわふわと舞う雪に真白に染まる街並。子どもの頃は、寒さも忘れ、雪に埋もれて遊んだものだ▽しかしいつからか、雪が積もらなくなり、今年も長靴が必要なほどの積雪など見ることができなかった。大袈裟かもしれないがニュースや教科書の中で見る「地球温暖化」という言葉を肌で感じる正月だった▽ただでさえ、自然災害の多い冬だった。相次ぐ災害を受け、不安を感じるのは私だけではないと思う。インドネシアのスマトラ島沖地震に津波。そのすぐ後にはアメリカ・カリフォルニアで豪雨による土砂崩れが起こった▽一連の災害に因果関係があるのかどうか、私にはわからない。だが、何か自然からの警告のように思えてならないのだ。少しずつ環境が崩れてきているのは悲しいけれど否定できない▽今こそ、私たちは何かを感じ、自分達の生活を見直さなくてはならないのではないか。続く未来のために。もう一度、昔のような雪景色を見るためにも。 

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河内亜也子

 一期一会。取材をするようになってから、いろんな場所に行き、いろんな人と出会うようになった。そして、もう二度とこの場所には来ないだろう、この人に会う機会はないだろうと思うことも多い。だが私は、毎回そこから大きな何かを得る。興味のなかったものに魅せられることもある。取材とは、私にとっては冒険である▽紅葉の燃える季節、東京から友人が遊びに来た。2年ぶりの再会である。特に連絡を取り合っていたわけではない。だが、夏休み明けに会ったような感覚であった。▽私はよく東京に行く。その度に、予備校時代の友人が快く迎え入れてくれる。彼女たちとの付き合いはまだ2年に満たないが、同じ寮で同じ目標に向かった共同生活をしてきた分、身近に感じ、何でも話せる。一人ひとりが強い存在であり、お互いの悪いところを指摘しあい、自分の意見を述べることができる▽それぞれが違う道を歩くようになっても、戻ってくる場所は同じなのかもしれない。たった一瞬でも誰かと人生が交錯したことは、奇跡だけど、それ以上の意味があるものなのだと思う。だから私は、人との出会いを大切にしたい。そして、この先に待っている、誰かとの出会いに期待したい。

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高橋知世

 暦の上では秋分の日を迎え、9月も半ばを過ぎた。残暑と初秋の涼しさが交互に訪れ、季節の変わり目を感じさせる時期である。モミジやススキなどの広葉樹はもちろんのこと、普段何気なく目にする草までも秋に色付いてきた▽私は青が好きだ。小物や服などを買うときはまず青に近い色を探す。理由は、他の色だと飽きてしまうから。買っても使わないのでもったいないのである。人に、可愛げが無いとよく注意されるが、これはもはや性分なのでどうしようもない▽秋の色といえば赤や朱などの暖色系が一般的だ。名前の通り肌寒い秋にも、この色はどこか暖かさを感じさせるように思える。秋の野山をみると故郷を彷佛とさせるのもそのせいだろうか。踏みしめる落ち葉の音もサクサクと心地良く響き、皆でするたき火は心まで暖かくしてくれる。暖かさを持つ色によって肌寒さも和らげられるように感じる。自然は人間の想像以上によくできているようだ▽寒色系の色を好む私は、時と場合によっては、周囲に対して何らかの冷たい印象を無意識に与えているのかもしれない。今年は私もこの秋の暖かさにあやかって秋色の服でも身に付けてみようかと思う。

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手嶋彩乃

 先日、訳あって地元へ帰った。京都と違い、北にある故郷はさぞ涼しかろうと、束の間のリゾート気分で地に降り立つ。しかし、私の期待とは裏腹に、地元と京都との蒸し暑さとはいい勝負なのであった。やはりどこに居ても、夏は暑い。▽この時期になると、新緑が目に眩しい。田舎道を歩いていると、犬と散歩しているおばちゃんとすれちがう。大学に入学して、田舎でも都会でも大差はないと思った。違いなんて微々たるものだ。それでも違いを雰囲気でつかんでもらおうとするならば、都会の人がサングラスを掛けて散歩するのに対し、田舎では手ぬぐいを被って歩いているといった所か。どうか地元の人達にはサングラスではなく、手ぬぐいを被り続けてもらいたいものである。▽普段は気にしていなくても、地域には各々味がある。そんな空気に味付けされた人が集まっているのだから、大学というものは本当に面白い。▽しかし、楽しんでばかりもいられない。今は、夏休み前の最大の敵、前期試験に臨まなければならないのだ。半年に一度、この時期は恐怖と言っても過言ではない。無事に乗り切って、夏休みにはまた故郷に帰りたいものだ。

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小熊佳那子

 私にとって一番大切なものは家族である。一年前、初めて故郷を離れ京都にやってきて家族のいない生活に「寂しさ」を感じた。そのときの寂しさはきっと多くの人たちも感じたことがあるだろう。▽大学生活も二年目を迎え、自分自身のなかに寂しさはもうどこかへ行ってしまっていると思っていた。しかし、連休中に家族の元へ帰省し、再び京都へ戻る電車の中で、目から涙が自然とあふれているのに気づいた。あの頃の寂しさと同じものをまた、感じていたのだった。自分にとって家族がどれだけ心の支えになっているのかを感じられずにいられなかった。▽人間は一人では生きていけない。誰かに支えられながら生きている。こんな風に考えるようになったのも、大学生活を始めてからのことである。今までは家族に頼ってばかりいたが、これからはそう甘えてばかりもいられないのかなぁと思う。▽こんな私も来月で二十歳になる。正直信じられないし、あと数年は実感がわかないような気がする。二十歳になるからといって何か特別なことをする必要はない。ただ、今まで自分を支えてくれた家族に、感謝の気持ちを伝えたい。「ありがとう」。

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吉村日菜子

 山、川、田に囲まれた田舎育ちの私にとって、テレビで見る事件・事故は遠い世界の話だった。「高校生がたばこを吸っていた」で地域の住民から高校へ通報が来るような田舎だった▽しかし、京都市という大都会へ出てきて早くも3年目に突入。そうすると、ものを見る目は嫌でも変わってくるというものだ▽痴漢にも会ったし、このサークル活動で、犯罪に関する様々な体験談も聞いた。通学に利用するJRは何度も踏み切り事故で運休になっている。すでに事件・事故はテレビの中だけではなくなっている▽本紙で連載しているセルフディフェンスでは口を酸っぱくして「防犯に対する意識を」と呼びかけている。しかし、返すと「自分の身は自分で」と意識しなければいけないような社会になってきているということだ。事件・事故を身近に感じることは、果たしていいことなのか、悪いことなのか▽中学生の頃、私は警察官になりたかった。少年犯罪や子供を狙った犯罪が特に目立った時だ。目指す職業は変わってしまったが、子供が安心して公園で遊べるような社会にしたいという思いは今も変わらない。むしろ、山に囲まれていた当時よりも強くなったと言える。

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諫本麻衣子

 最近めっきり寒くなってきた。一年で一番冷え込む月である。朝目覚め、ベッドから起き上がるあの瞬間、身構えてしまうのは私だけではないだろう。万人共通のよくありふれた日常がこれほど辛く感じることはない▽けれど、個人的に「冬」という季節は大好き。外は寒いのに、なぜか変わり行く季節の中で私を一番温かい気持ちにさせてくれるのが、この「冬」なのだ。ただボーっと道行く人の姿を見ているとホッとする。鼻の先と頬を薄紅色に染めて元気に走りまわる子どもたち、足を震わせながら湯気の噴きでる肉まんにかぶりつく学校帰りの女子高生、そして眉間に皺を寄せ早々とバスに乗り込むお父さん。みんな冬の一つの姿だ▽動き出す街の中に、小さな幸せを一つ見つけたような気になる。落ち込んでいる時や、気分がめげてしまっている時、自分の気持ちを立ち直らせることは難しい。そんな時は、前ばかり見るのはやめ目線を少しずらしてみればいい。立ち止まり辺りを見回すと、意外なものを発見し驚く。私にとってそれは、「冬の観察」なのかもしれない▽さぁ、コートをはおりマフラーを巻いて、今日もまた冷たい空気が突き刺さる冬の街へ繰り出そう。

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坂井芳江

 街路樹の葉も散り、外はすっかり冬の気配。今年ももうすぐ終わる。京女大でも推薦入試が行われ、いよいよ本格的に受験シーズンの到来。受験生にとってはつらい季節だ。▽去年の冬、受験のため京都を訪れていた頃を思い出す。プレッシャーで押しつぶされそうな体に寒さが堪えた。進路が決まらず、未来が見えない不安に、このまま一生冬が終わらないのではないかと本気で思った▽しかしそんな私にも、なんだかんだで無事に春はやってきた。高校の制服ではなく真新しいスーツ姿で、桜が満開のおんな坂を新入生として登った。受験地獄から解放された爽快感、新生活への期待に自然と笑みがこぼれた。▽そして入学してから9か月。受験生の頃は大学に合格することがゴールだと思っていた。でもそれは間違いだったと今ならわかる。私にはまだまだ大きな未来が待っている。ゴールなんて見えてはいない。せっかく手に入れた憧れの大学生活。きっと4年間なんてあっという間だろう。無駄にしたくない。見るもの聞くもの全てを吸収して成長したい。とりあえずは年明けの試験…頑張ろう。学生の本分は勉強なのだ。楽しんでばかりもいられない。

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河内亜也子

今年も気がつけば残りわずかである。全く月日が過ぎるのはなんと早いものだろうか。私自身、少し大人になったかなと思いきや、相変わらず周りの人達に頼りっきりで、感情をあまりにストレートに出しすぎる子どもじみた自分に直面し、嬉しいやら、悲しいやら・・・複雑な心境である。▽2年前、「今、ここに自分がいるのはみなさんのおかげですから、楽しんで、今を大切にしたいんです」と語った人のことを時々思い出す。その人は、有名な政治家でもなく、大会社の社長でもない、私と同じ高校生だった。毎日なんて、ただ昨日と同じことのくり返しだとしか考えていなかった私に、今を大切にする発想など浮かぶはずもなく、その時受けた衝撃と感銘ははかりしれないものだった。▽「今を大切にしたい」その思いを私に抱かせる日は何の前ぶれもなく、突然やってきた。私には、いつも前を歩く尊敬できる先輩達と、心を許せる仲間がいる。そう思うだけで自然と笑みがこぼれ出す。その時だった。▽今生きていけるのも、支えてくれる人達がいるから。その人達と過ごせる今に感謝して、1つの言葉の紙飛行機を飛ばしたい。「ありがとう」の気持ちをのせて。

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杉山明日香

貴方は富士山を見たことがあるだろうか。日本で一番高く、霊峰富士と呼ばれるその山を▽私は茶で有名な静岡の出身だ。振り向けば箱根の山を、正面を見れば地平線に駿河湾が見える場所で、高校まで毎日富士山を眺めながら通っていた▽「ほら、もうすぐ富士山が見えるよ」五月の連休に一ヶ月ぶりに実家に帰る新幹線の中でのことだった。窓側に座ってぼんやりしていた時に孫を連れた女性が、孫を抱き上げて窓に張り付くように外の景色を見ていた。つられて私も視線を走らせた▽その時ガツンと頭を殴られたような衝撃が、私を襲った。勢いよく頭に血が巡っていく。「富士山ってこんなに綺麗だったのだ」と初めて心からそう感じた▽生まれてから本当に初めての経験だった▽離れてみて初めて分かることがある。家族と友人の大切さ、生まれ育った土地の風や食べ物。そしてなにげない風景の綺麗さ。その土地の言葉の大切さ▽次は富士の裾野にスキー場のライトが点滅するころに帰郷するだろう。それまでに色々なことを経験して成長したい。太古からこの日本を見続けているあの山のように大きな人となりたいと、十九の夏、京都に向かう新幹線の中で強く思った。

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木村美春

 ざわめきが私を孤独にしている。一人で広いキャンパスを歩いていると、ふと、そんな気分になることがある。▽人見知りする私は、入学して三ヶ月たらずではまだまだ友人は数えるほどで、時間割りによっては一人になることがままあって…。そんな時ひょろひょろと歩いていると、周りのざわめきが不透明な分厚い膜になって、私とみんなを切り分けてしまったような錯覚に陥る。▽でも考えてみれば、これくらいで「孤独」というのは随分甘ったれているような気がする。▽私は大学生になって一人暮しをはじめるまで、ずっと生まれた所で生きてきた世間知らずだ。なにせ高校になっても幼友達とべったりいっしょだった。だからはじめて、あえて友人と同じ大学を避け、ひとりになってみたのだ。それなのに、「孤独だ」などとほざいている自分が情けない。▽最近好きになったインターネットサイトに、『ほぼ日刊イトイ新聞』というところがある。そのサイトのインデックスには、たった一言「only is not lonely」。これは本当に、ああ、そうか、と腑に落ちるコトバだった。▽私には親友も、新しい友人もいるのだから。もっと力を抜いて、onlyで胸を張っていられるようになろうと思う。

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橋本洋子

先日海外旅行帰りの友人から写真を見せてもらった。▽話には聞いていたが、やはり日本語が書かれたTシャツを着ている外国人が多い。「はいいろのねこ」「英和辞典」「食欲」…見ているこっちが赤面してしまう文章が書かれたTシャツを、人々はごく自然に着ていた。これはけっこう笑える。▽しかし、かくゆう私も高校のころ海外研修先で「私は世界で一番固い、そして強い」と英語で書かれたTシャツを堂々と着ていた。これで外国人を笑うなんてとんでもない、それどころか日本の恥さらし代表なのである。▽思い出してみれば、つい数年前までは英語が街中にあふれていたような気がする。しかし最近は日本人の英語力が上がってきたからか、英語はそこまで見られなくなった。そこで代わって登場したのがフランス語、イタリア語だ。ぱっと見では意味が分からない上に、響きはどこかセレブなものだから人気急上昇である。▽しかし国文学を専攻する者としては、やはり日本語を使ってほしいと願っている。日本語独特のひらがな、カタカナの可愛らしいことといったらない。そんなことを言いながらも私は結局、フランス語の書かれたTシャツを買うのだろう。▽やはり外国語には憧れるのだ。

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橋爪聡子

 甲子園球場で汗を流し、最高の笑顔を見せ、涙を見せる球児はどことなく憧れるお兄さん…のはずだった。あぁ、気がつけば甲子園で青春時代をまっとうしている無邪気な彼らより、年上に(泣)。▽小学校を卒業するまでは、時の流れというのは極めて遅かったのに、中学生になった途端、年賀状を書くペースが早くなり、そうこうしてる間にもう20年の月日が経ってしまってた。▽「ハタチの誕生日を迎えたら、交番の前でお酒を飲むんだ!」って4年前にいとこが言ってた時は、二十歳なんて遠い存在で、もっと大人だと思ってた。しかし実際なってみるとどうだろう?「三つ子の魂百までも」。まさにそんな感じで、中身はまだまだ子どものままなところがたくさん。それで未だに親に怒られることもあったりなんかする。もう少し大人にならなきゃな、って思うのにそれがなかなか。▽「二十歳を過ぎたら早いよ」ってよく言われる。その早い時間の経過の中で、少しでも早く大人になることが今の私の目標だ。▽それにしても「ベテランのプロ野球選手が同い年になるのもあっという間よ!」という母の言葉が現実になるのもあっという間かと思うと、ぞっとする今日この頃。

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深川麻実

 今年、ついに成人式を迎えた。小学校、中学校と共にすごした同級生と雪の残る中での成人式となった。世間を賑わしていた『荒れる成人式』とは縁もないような穏やかな式典だった。▽久しぶりに会う女友達は皆、綺麗に化粧し、振袖を着ていて誰が誰だかわからない。男性陣もこれまでに見慣れないスーツ姿。妙に緊張してしまった。▽仲の良い友達との近況報告は、自分の今いる状況を深く考えさせられるものだった。高校卒業後、就職した会社でリストラに遭い地元でバイトをしているというT君、遠距離恋愛中で、今年の春から同棲を始める予定のIちゃん、就活に忙しい短大生のSちゃん…。▽今は先の見えない時代だと言われている。でも見えないながらも皆それぞれの道を懸命に走り続けているのだと思った。同級生の昔と変わらない笑顔の下にはそれぞれの悩みや夢があった。いまだ目標の定まりきらない自分と向き合うきっかけとなった。▽一般的に20歳を越えると「大人」であるされる。しかし私自身まだその自覚が少ない。幼い頃は早く大人になりたいと背伸びをしていたが、今、大人になることが夢から現実へとしだいに形を変えてきたように感じている。

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福羅三千子

いつも自分のことだけを考えていた。学校とダンススタジオの往復が私の日々で、自宅には寝に帰るだけ。暇があれば遊びに出かけるか資格の勉強をし、一週間は瞬きよりも早く過ぎた。▽それが全く変わってしまったのは、夏の終わり。以前から左手のしびれを訴えていた母がある難病と診断された。▽神経系の病気で遺伝性を伴い、進行すると、しびれと共に全身の自由がきかなくなるらしい▽家族は動揺を隠せなかったが、しばらくすると母は趣味の能や句会に出かけるなど以前の生活を取り戻した。家族も少し落ち着きを取り戻し日常が帰ってきた頃、もうお椀が持てない、と食事中に母が言った。その夜、妹と二人で泣いた▽病状は通常よりも早いペースで悪化していた。ストレスや、睡眠不足などが原因だと知らされた。友達にも家族にも弱音を吐けず、抱えきれない不安を微笑みの裏に隠していたのだろう。それを境に私は泣かなくなった▽朝食の用意のときに夕食の下準備をしたり、用事がないときは家で過ごすなどするようになった。それは、家族みんなも同じだった。お互いを補い合い、思いやり、こんなに温かい時間を家族で過ごしたのは久しぶり。いや、初めてだったのかもしれない▽辛い現実は、やってくる。それを受け入れて歩んでいくときの原動力は、身近な誰かの温かな思いではないか。

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枦さおり

肉を食べたのは久々。この間、近所に住む親戚の家でしゃぶしゃぶをご馳走になり、しみじみと思った▽最近、忙しさにかまけて自分の生活をないがしろにしがちだ。食事は近くにあったものやコンビニですませ、部屋などは片付ける暇もなく言葉どおり足の踏み場もない。危険だ。昔から母親に言われていた私の1人暮らし想像図「きのこの生えた部屋」が現実のものとなりつつある!▽どうして私はこれほどまでに家事が苦手なのか。それを考えたのは一度や二度ではなく、そう思うのは決まって部屋に居場所がなくなった時だった▽12月に同居していた従姉妹がめでたく結婚することとなった。おめでとうと祝福する反面、心のどこかで焦った気持ちが広がる。「この人がいなくてまともに生活できるのか?」洗濯などは特に頼っていた面があるので不安。今後の生活を考えると自然にため息がこぼれる。いい加減自立せねば▽たまに聞かれる「ちょっとは親のありがたみがわかったか?」という質問。その時は適当にあしらって答えないが、本当は身にしみてわかっている。親とはとてもありがたいものだ。苦労せずともご飯食べさせてくれるし。今になって甘えていた自分を思い知る。

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諌本麻衣子

運命って存在するのだろうか。私がここにいること、今こうしていること、本当に不思議だと考えることがある▽高校時代、私にはこの道しかないと思い目指していた夢があった。全身でその夢に向かっていたが叶わなかった▽しかしその夢が叶っていたならば出会わなかったであろう現在、私はとても幸せである。今ここにいて良かったと思っている。何も考えず無我夢中で追いかけた夢だったが、あの時本当に真剣だったから、今の道が開けたのだと思う▽挫折した時は明日のことが考えられなかった。夢なんか見なければ良かったとも思った▽しかしどうせ無理だからとか大変だからといって何かを目指すこと、始めることを恐れてはいけない。必ずしも良い結果が現れるとは限らないが、それに対して真剣に臨んだら、直接ではないかも知れないがいつか必ず自分にぴったりの道が開けるものだと思う▽何でもいい、今目の前にあるものに真剣に向き合ってみよう。その頑張りは必ず未来の何かにつながっていく▽挑戦は希望に満ちている。幸せを感じたとき、もし出会わなかったらと思うより出会ったことを誇りに思える自分でありたい▽運命は自分の手で切り開くものなのだ。

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野中愛

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