【3・4月号掲載】幻の寺檜尾古寺跡 考古学研究会が発見

考古学研究会の学生らが如意ケ嶽(左京区)の山中を調査し、一部が檜尾(ひのお)古寺跡であることを突き止めた。2017年から約2年間に及び、活動の一環として行った測量や遺物採集で明らかになった。調査で採集された遺物は2月17日まで京都市考古資料館(上京区)で展示された。

 如意ケ嶽の遺跡の調査は1985年頃から実施されていて、同研究会も携わっていた。学生が檜尾古寺と判断した遺跡は、その時点では大慈院跡と推定された。調査を続けると、大慈院跡の推定地や付近から多くの礎石を発見。大慈院の地形よりも規模が大きいことが判明した。大慈院が創建されたのは鎌倉時代。平安時代の遺物が発見されたことも根拠の一つだ。他にも文献資料や絵図との照らし合わせから檜尾古寺跡であると断定された。檜尾古寺は、名だけが知られる幻の寺と言われていたため、大きな話題となった。

 檜尾古寺が設立したのは平安時代前期以前と考えられている。最澄や空海が唐へ渡り、新しい仏教としての密教を日本に伝え、全国に広めた時代だ。密教が流布する初期の段階で、先駆けとなった寺院の一つとみられ、密教系寺院が全国に展開していくうえで重要な立ち位置を占めた寺院だった。同研究会の佐伯綾音さん(大史・2年)は、「今回の発見が平安時代における密教の研究の一助となり、新たな発見に導くものとなれば幸いだ」と話した。

 同研究会は、測量技術を身に付けるために、機材を実際に使用して測量の練習をする。寺や神社を散策したり、博物館や美術館へ足を運んだりといった活動も行う。如意ケ嶽の山中の道のりは険しく、道具も多いため目的地に着くまでにとても苦労したという。常見紗椰さん(大史・2年)は「考古学は地道な作業が多いが、その過程を経て今回の発見に至り、継続して調査を行うことの大切さを実感した。考古学に興味を持つ人が増え、遺跡保存への理解が深まることを願っている」と語った。                               

【川畑遼華】

測量機器で二地点の角度を測る部員(提供=考古学研究会)

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