【1月号掲載】コラム・おんな坂

 私は21年生きてきて、ひしひしと感じることがある。やはり美人は得だ。

 「美人が得をする」という場面をたびたび目の当たりにしてきた。中学生の頃、文化祭のステージで使う荷物を運んでいると、男子の「代わりに持って行くわ」という声が聞こえた。期待しつつ振り向くと、なぜか彼はすでに荷物を持っている。「あれ、声が聞こえたような。ただの空耳か」。残念なことに声を掛けられたのは私ではなく、後ろにいた友人だった。

 確かに友人はクラスでも評判の美人だった。美人には、か弱いというイメージがあるのだろう。私も力は人並みだし、それなりに体調を崩すのだが……。美人なら仮病を使うことも簡単だ。こちらはいつも必死に考えているというのに。

 美人は容姿だけでなく、性格も良いと思われるらしい。絵本の「シンデレラ」を見ると、シンデレラをいじめる継母や娘たちは不細工でいかにも意地悪そうな姿に描かれていた。「美人で性格の悪い子もいたような」と私は心の中で悪態をつく。

 約1200年前の平安時代では「色白でふくよかな頬を持ち、切れ長の目」が美人の基準の一つであった。美人の基準は時代ごとに移り変わってきたらしい。平成が終わるまで約4カ月。ついでに美人の基準も変わってくれないだろうか。もちろん容姿で判断するという風潮を無くすことが一番だが。「平安時代ならイケてる方かも」と冗談を言いながら、今日も化粧ポーチを開き鏡に向かう。【上田真友子】

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