「追悼記念礼拝−JR福知山線脱線事故及び福島でのバス事故から2年を覚えて−」が4月25日、今出川キャンパス同志社礼拝堂で開催された。【4月25日 UNN】

(写真=犠牲者の冥福を祈って黙祷する参加者たち)
小雨が降る中、礼拝堂には学生遺族、学生、大学職員など約300人が出席。賛美歌の斉唱、聖書の朗読などを中心に、犠牲となった学生に祈りが捧げられた。
JR福知山線脱線事故では社会学部メディア学科当時1年・榊原怜子さん、法学部法律学科当時2年・長浜彩恵(さえ)さん、文学部英文学科当時1年・仙木敦子さんの3名の学生が亡くなり、他にも34人の学生が負傷。福島のバス事故では経済学部当時1年・佐藤学さんが亡くなっている。
追悼式で大谷實総長は「若い命が失われたことに怒りを感じます。いずれの事故も安全に気を付けていれば防ぐことができました。痛恨の極みです」と話した。
追悼式に参加していた法学部専任教員の松尾健一さんは「去年より悲しみは強い。(亡くなった学生は)本当なら、今出川キャンパスで学んでいるはずなのに」と話し、学生に向けて「自分が生きているということに関して、もう一度考え直して欲しい」と述べた。
JR福知山線脱線事故近大追悼行事が4月25日、同大学本館前広場で行われた。事故が起きた午前9時18分から近大学友会連合会の学生らが犠牲者に黙祷を捧げ、犠牲者の冥福を祈った。【4月25日 UNN】

(写真=遺影を前に冥福を祈る学生ら)
今回の追悼行事は近大の学友会連合会が主催して行われた。近大からの犠牲者は木下和哉さん(当時・理工3年)、下浦善弘さん(当時・法3年)、濱端諒介さん(当時・経営2年)の3人。事故発生時刻の午前9時18分になると、特設テント内に設けられた3人の遺影を前に、学友会連合会のメンバーや学生らが黙祷を捧げた。同時に 大学内の教室へ向けて黙祷を呼びかける全館アナウンスも行われ、学内全体が3人の冥福を祈った。その後、献花に集まった学生らが続々と花を遺影に手向けていった。献花は同日午後2時まで行われた。
今回の追悼行事を企画した近大学友会連合会の藤本佳伸委員長(法・4年)は「近大の学生代表として(犠牲者への)思いは去年よりも強い。(事故のことを)忘れないことが大切。多くの近大生にこの思いを持ってもらいたい」と話した。
JR福知山線脱線事故から2年が経つ。尼崎市総合文化センター(アルカイックホール)で4月25日、「JR福知山線列車事故追悼慰霊式典」(JR西日本主催)が催され、遺族や負傷者など計1466人が参列した。【4月25日 UNN】

(写真=献花する参列者ら)
同式典は午前9時すぎから開始し、事故発生時刻の午前9時18分になると参列者らが黙とうを捧げた。JR西日本の山崎正夫社長は「申し訳ございませんということ以外に私には言葉が見つかりません」と話し、「安全な鉄道をつくりあげていくことこそ、皆様のご無念に報いる道」と話した。
「献奏」では、菅井貴之さん(関大・4年)が、同学年で軽音楽サークルで一緒だった女子学生(関大・当時2年)に捧げた自作の曲「魔法の笑顔」を歌った。「菅井ちゃんなら、絶対プロになれるって」彼女は菅井さんを心から励ましてくれたという。「頑張れ若造」彼女がよく言っていた言葉だ。「俺は(彼女が言うように)頑張っている若造になれているのかな。これから、もっと頑張るで」(菅井さん)。大森早織さん(同志社女大・当時特別専修生)の同級生らも、「千の風になって」をオーケストラの伴奏で合唱。その後、参列者らによる献花が行なわれた。
「『もう2年』、『まだ2年』。どちらの思いも入り混じっている」壇上から響く女性の声。4月25日でJR福知山線脱線事故からちょうど2年が経ち、フォーラム「〜JR福知山線尼崎脱線事故転覆事故から2年〜追悼と安全のつどい2007」(4・25ネットワーク主催)が尼崎市総合文化センター(アルカイックホール・オクト)で開かれた。遺族、負傷者らが壇上に立ち、自らの「今の思い」を語った。【4月25日 UNN】
同フォーラムは、JR福知山線脱線事故被害者らからなる「4・25ネットワーク」が主催。同フォーラム第1部では遺族、負傷者ら15人が事故から2年目を迎えての思いを語った。息子の和哉さん(近大・当時3年)を事故で亡くした木下廣史さんは「事故当初は(和哉さんの)死を受け入れることができず、精神的な不安定な状態が続いた」と話す。しかし、時が経ち心の整理ができるにつれ「いつまでも(事故の)原因究明を行おうとしないJR西日本への苛立ちが増してきた」。また、大学1年の娘を亡くした男性は「(事故があった)あの日から日付けが止まっている。突然、『ただいま』と言って帰ってくるのではないかと思ってしまう」と言葉を詰まらせた。「かわれるものなら、かわってやりたい」(同男性)。
第2部では、日本ヒューマンファクター研究所代表取締役の黒田勲さん、桐蔭横浜大法科大学院教授の郷原信郎さんがそれぞれ、ヒューマンファクター、法令遵守をキーワードに、JR福知山線脱線事故を分析した。同フォーラムに参加した小野英明さん(立命・3年)は「ご遺族や大怪我をされた方が、本当の安全を求めているのがわかった。今回の事故の教訓を忘れさせないことが重要」と神妙な面持ちで話した。
JR福知山線脱線事故から2年。事故現場に設けられた献花台には、多くの遺族・友人らが訪れ、故人の冥福を祈った。【4月25日 UNN】

(写真=献花台には多くの参列者が訪れた)
山崎社長らJR西日本幹部は午前7時頃に、揃って献花。「お詫びしても、お詫びしても、しきれない」(山崎社長)。信頼回復については「安全ははっきりやらないと、つぐないにならない。地道な努力が必要だと思っている」と話した。
事故を起こした電車と同時刻の、同志社前行き快速は、事故現場を哀悼の警笛を鳴らし通過。車内では現場近くになると黙祷をささげる乗客の姿が見られた。
福田裕子さん(大阪芸大・4年)は1両目に乗っていた生存者の一人。小さいころから絵が好きだった福田さんは、大学で日本画を専攻していたが、事故以来、描けなくなった。「描こうとすると手が震えるんです」。今でも、額には傷あとが残り、雨の日には体が痛むという。
1両目の生存者としてて証言を求められることもあるが、「(証言の)数が多ければ多いほど、確かなことがわかりますし、専門的なことはわからなくても、中から見たことを伝えられる」と積極的に答えている。
JR福知山線脱線事故で犠牲になった奥村容子さん(当時4年)の3回忌を悼んで4月25日、京女大の礼拝堂で焼香が行われた。礼拝堂には奥村さんの写真と花が飾られた。【4月25日 京都女子大学藤花通信=UNN】

(写真= 奥村さんの遺影に手を合わせる大学教職員)
大学教職員や学生が焼香をしに礼拝堂を訪れた。参拝者の谷原実佐子さん、中川智絵さん(共に大福・1年)は「仏教学の普賢先生から(焼香の)話を聞いたから来た。自分の中に(事故を)とどめておきたい。(奥村さんを悼む)焼香は(これからも)続けた方がいい」と話した。