映画研究部

「映画は思い切りと自己陶酔」

 今、映画研究部は変革の時期に差し掛かっている。従来の中心活動である映画鑑賞に加え、映画制作にも重きを置き始めた。だが映画は辛苦なく完成する代物ではない。映画だからできることがあり、映画だからできないことがある。その二律背反に苦悩しながらもひたむきに映画と向き合う部員らの活動を紹介する。
 「映画は思い切り」と部長の國本晃司さん(文・2年)。「映画は自己陶酔」と部員の田中さん(基工・1年)。二人はこのように映画制作を捉えている。映画を作るには、趣向を凝らして編んだストーリーを脚本化し、撮影時には自作のセットを組み、自分のイメージと合致するよう役者を指導する・・・と先を考えるだけで辟易するような時間と労力を必要とする。事実「たった10分撮影するのに1日かかる」と田中さんはいう。つまり、映画を作るのに肝心なのは、「一歩を踏み出す思い切り」、「頭に浮かぶアイディアに自分を酔わせ、一気に駆け抜ける」ということだ。その膨大な苦労からか、映画研究部の普段の活動は、週1回の映画鑑賞を中心とし、映画は気の向くままに撮るというスタイルだった。
 だが苦労だけが際立つ映画制作かもしれないが、「それ以上の楽しさがある」と二人は語る。「脚本を考えている時が一番楽しい」時であり、「撮った映像がつながっていく」編集作業は「テンションが上がり、気がつくと夜が明けてしてしまっている」という。さらに、完成した映画を上映し、「自分が狙った通りに客が反応して、笑ってくれるのは鳥肌もの」と嬉々として國本さんは語る。そして、國本さんは今以上にこの苦労を凌ぐ歓喜を味わいたいという思いから一念発起。3つの制作班を結成して映画作りに励むことを部員らに提案。部員らもこれに乗った。「提案した時はみんなの反応が良かった。みんな作りたいと思っていたのだろう」と國本さんは話す。
 12月末には、3班で制作した映画を初めて部内で上映した。だが「経験と時間がない。内容はしょぼいものばかり」こう國本さんは振り返る。映画だから自分のアイディアを具現化できることもあるが、映画だから役者不足やセットの限界でできないことがある。これが部員らを悩ませる種だ。だが、この苦悩は部員らが真摯に映画制作に取り組み始めたことの裏返しなのだろう。部員らの意欲、志も高く「作るからには、賞を取りたい。作品を外に出したい」と田中さん。今後学園祭で上映される部員らの作品に期待だ。【07年2月 阪大POST】

映画研究部(07年2月号掲載)
写真部(07年1月号掲載)
AIESEC(06年11月号掲載)