箕面キャンパスの風景

 

 大阪大が2007年10月に大阪外国語大と統合し、外国語学部や法学部国際公共政策学科などを新設してから、10年が過ぎた。統合後は、両大学の強みを生かそうとさまざまな取り組みが行われてきた。21年4月には箕面キャンパスの移転が控える。統合後の10年間を振り返り、阪大の未来を考える。

 【嶋田敬史・新拓也・西崎啓太朗・前山幸一・南圭紀】

 

一般教養が充実「統合良かった」

 外国語学部の1年生は、共通教育や専攻語学の授業を豊中キャンパスで受けるようになった。牧野正尚さん(外・2年)は「総合大学になり、一般教養の授業が充実して不満はない。統合は良かった」と言う。

 元大阪外大教授で国際公共政策研究科の松野明久教授は「統合前の阪大は国際的な分野がやや弱かったが、統合で国際化が図られた」と分析する。「現在は小さな大学が生き残るのが難しい時代。両大学は学力のレベルも、大学間の距離も近く、いい組み合わせだった」と統合を評価した。後に松野教授が教える国際公共政策学科については、「海外志向が強く、外大のメンタリティーが移ってきているような気もする」と話した。

 1974年卒業の高橋和夫・放送大教授は「統合時は行きつけのそば屋がなくなった気持ちになった」と語る。在学当時、阪大に憧れる学生が多かった。母校が阪大になったことに「気恥ずかしさしかない」。ただ阪大の学生や卒業生が利用できる東京・虎ノ門の「大阪大学東京オフィス」に行くこともあり、統合の恩恵を受けているという。

 

言語と専門知識持つ「真の国際人」育成

 阪大が統合後に力を入れているのが、多言語に精通しながら法律や経済などの専門知識を持つ人材の育成だ。具体的には、現地語でフィールドワークのできる社会学者や国際機関の職員などを想定している。

 2015年から外国語学部生が文系4学部の専門教育レベルの授業を体系的に履修できるマルチリンガル・エキスパート養成プログラム(MLE)を始めた。履修者は卒業までに所定の単位を修得すると、修了認定証をもらえる仕組み。17年には文系4学部の学生が外国語学部の授業を受けられるようになった。

 統合で外国語学部以外の学生も、特別外国語演習でスワヒリ語やトルコ語などを学べるようになった。ただ卒業要件にならない学部も多く、現状では一部の学生しか履修していない。

 理系学部との連携も深めている。13年からアジアで活動している日系企業に工学系の学生と言語文化系の学生を派遣するカップリング・インターンシップを実施している。阪大接合科学研究所と工学研究科、言語文化研究科(外国語学部)の共同プロジェクトで、インドやタイなどに学生を毎年送り出してきた。

 

非常勤講師の人件費 統合後も認められる

 大学本部は、外国語学部に予算面で配慮してきた。阪大では原則、本部が各部局に割り当てた予算内で非常勤講師を雇うことになっている。だが外大時代から語学や一般教養の授業で非常勤講師に頼ってきた外国語学部には、非常勤講師の人件費も考慮した予算配分を適用している。

 現在は、言語や地域研究など約670コマの授業を非常勤講師が担当。非常勤講師の人件費がなくなると「教育の質が保てない」と、歴代の学部長が本部に申し入れ、本部も認めてきた。

 ただ国から大学に支給される運営費交付金は年々減っていて、外国語学部に配分される予算も減少傾向。過去3年間で毎年約10コマ分の非常勤講師の予算が削られている。今後も受講者数が少ない授業から削減対象となっていくことが予想され、少数民族の言語の授業もそのなかに含まれている。大内一外国語学部長は「学部としては他大学では教授され得ないさまざまな言語を教えたいのだが」と残念そうに話していた。

 

「語学ばか」減った 入試科目が影響?

 外大時代から教えてきた教員からは「個性的な学生が減り、真面目な学生が増えた」という声が上がった。時代の動向なども考慮する必要があるが、外大時代に比べて入試難易度が上昇していることが背景にあるとみられる。外国語学部の入試では前・後期日程とも大学センター試験で「5~6教科7科目(現在は8科目)」を課し、外大時代(前期・5教科5科目、後期・3教科3科目)より大幅に増加。「外国語」と「小論文」のみだった前期の2次試験は「外国語」と「国語」「地理歴史または数学」になり、志願者数が絞られることになった。

 竹村景子副学部長は、1年次に専攻語を5コマ受けることに閉口している学生を見て「語学を究めるのに向いていない学生が増えた気がする」と嘆く。言語文化研究科の清水政明教授も「昔は語学を手当たり次第に勉強し吸収していく「語学ばか」がキャンパス内にたくさんいたが、減った」と感じている。「かつては率先して留学生と交流する学生が多かったが、現在の学生は語学習得を外交官や商社マンになるための単なる手段と考えていて、留学生との付き合いも希薄だ」と残念がった。

 統合時には5限~7限に出席する夜間主コースの募集が停止された。働きながら夜間に学ぶ人が減り、志願者数が減少したことが理由だ。清水教授には夜間主で学んでいた語学への熱意にあふれた知り合いがいるという。「昼間は社会人として生活しながら、本当に語学を学びたい人だけが夜に勉強するシステムは「語学ばか」にとって魅力的なものだった」と話した。

 一方で昼間主コースを教えていたが、夜間の授業に当たることもあったという言語文化研究科の杉田米行教授は「午後9時20分まで授業があり、翌日の授業に支障が出るなど教員の負担は大きかった」と振り返った。

 

「まるで金太郎あめ」卒業生も指摘

 卒業生も学生の変化を実感している。1987年卒業の元NHKアナウンサーの寺谷一紀さんは「(統合後の)外語生はまるで金太郎あめ」と話す。知名度や偏差値が上昇し、「自由奔放かつ破天荒な学生が入りづらくなってしまったのでは」と指摘する。「目指すものを絞り込めないまま、なんとなく入学してくる学生が増えている」と危機感を口にした。

 外大時代の良さを「語学が苦手でも、他の人とは違った分野で突出した知識を身に付ければ、道を切り開ける環境があった」と語る。自身も個性的なタイプ。西洋医学の歴史に興味があり、イタリア語学科に入学したが、「イタリア語はさっぱり」だった。それでも西洋医学の知識の豊富さが認められ、無事に4年で卒業できたという。

 2011年に夜間主コースを卒業した後藤峻さんは、外国語学部同窓会咲耶会主催のイベントに参加するなど現役の学生とも関わりを持つ。学生のカラーの変化について「(統合前の)外大生が外国語のみに特化したスペシャリストならば、外語生は幅広い知識を持ったゼネラリストといえる」と話す。

 在学中に統合を経験し、2011年に夜間主コースを卒業した後藤峻さんは、外国語学部同窓会咲耶会主催のイベントに参加するなど現役の学生とも関わりを持つ。学生のカラーの変化について「(統合前の)外大生が外国語のみに特化したスペシャリストならば、阪大外国語学部生は幅広い知識を持ったゼネラリストといえる」と話す。「もし統合後に受験生だったら阪大外国語学部を選ぶか」と尋ねると、「選ばないと思う。学力の問題はさることながら、外国語学習に特化した魅力的な学部は日本にたくさんあるから」と答えた。

 

21年向け周年記念ロゴ 統合を象徴

阪大90周年/大阪外大100周年ロゴ

 2021年に阪大が創立90周年を、大阪外大が創立100周年を迎えることを記念し、阪大はロゴマークを作成・発表した。ロゴは鳥がモチーフで、体の直線は未来へ向かうタイムラインを表し、翼と胴体の交わりは阪大と大阪外大の統合を象徴。外大という翼を得て阪大が未来に向けて飛躍する様を表現している。阪大構成員は、マイハンダイの公式素材集からダウンロードすることも可能。

 阪大は「想い つなげる つむぎあう」をスローガンに様々な周年記念事業を行う予定。

 

統合の経緯「今も不明瞭」

沿革と予定 大阪外大は1921年、官立の外国語学校として誕生した。関西に語学の専門家を養成する学校を作ってほしいという地元財界の要望を受けたもので、特殊な言語を学べる単科大学として全国から学生を集めてきた。

だが国立大学法人への移行で経営難になった大阪外大は、「このままでは幅広い言語教育が維持できない」という危機感を募らせ、統合を検討するようになった。総合大学としての国際性を強化したい阪大と大阪外大の思惑が一致し2004年から協議し、両大学は06年に統合に合意。07年に統合が実現した。

 学生が統合について大学と対等に話し合うことを目指して設立された学生評議会の副代表を務めていた山瀬靖弘さんは、統合の半年後に卒業した。「国の支出削減のためだったというが、なぜ他大学ではなく外大だったのか。阪大と外大の統合後、国立大学の統合は進まず、まるで外大の無駄死にだと思った」と当時を振り返る。

 評議会では「キャンパスが分離し、教員が忙しくなり卒業論文の指導に支障が出る可能性がある」など10項目の懸念をまとめ、文部科学相や両大学の学長らに提出。大学側が説明会の頻度を増やし、学生の理解を得ようとするなど一定の成果が出た。ただ多くの学生を巻き込めず、正式合意から1年余りで統合された。山瀬さんは現状について「統合後、就職実績が上がったと聞いている。ただ統合時の目標にあった学部をまたいだ人材育成などは道半ばの印象だ」と話している。

 

21年にキャンパス移転 烈士の碑の移設決まる

烈士の碑 外国語学部がある箕面キャンパス(箕面市粟生間谷東)は2021年4月、北大阪急行線の延伸に伴い新設される「箕面船場駅」(仮称)の駅前に移転する。1年生は豊中キャンパスで学修し、2~4年生が新キャンパスで授業を受ける見通し。新キャンパスの校舎は高層のビルになり、学生寮も設置される。

 現在のキャンパスは校舎の老朽化や利便性などの課題がある。阪大は15年に箕面市と新キャンパス設置に関する覚書を交換。協議を重ね、16年9月に正式合意した。

 箕面キャンパスにある大学の物品については「老朽化が著しかったり、移動が困難だったりするもの以外は新キャンパスでも使うのが原則」と大内一学部長は説明する。現時点では、2度の大戦で亡くなった卒業生を祭る烈士の碑の移設が決定しているが、世界時計を移設するかどうかは検討中。

 身体障害者用や来客用を除いて駐車場は整備しない。駐輪スペースは箕面市が整備する駐輪場の一部を利用する。吹田キャンパスや豊中キャンパスを結ぶ学内バスも運行する予定。語劇祭と夏祭りは継続して実施できる。夏祭りは実行委員会が移転先の自治会と協議して新たな形で行うことを模索している。

 新キャンパスにはグラウンドや体育館がない。外国語学部公認団体の外語ラグビー部に所属している木村崇さん(外・2年)は「部活動ができなくなる可能性が高く、移転は反対」と懸念する。学部側は「移転後も存続したいという思いを無視することはない」として、学部公認団体に今後の方針を取りまとめるよう依頼している。