鷲田総長の研究テーマはファッションや顔や聴く、待つことなど。哲学者の中でも異色の存在だ。それゆえに賛否さまざまな反響があり、いつも論争の渦中にいた。  
「鷲田総長から学生への最後のメッセージ」題された今回の講義は「総長退任前に講義を担当したい」という鷲田総長たっての申し出によって実現し、会場の大阪大学会館には400人を超える多くの人々が集まった。  
鷲田総長は常々「阪大生としてプライドを持つ」ように学生に語りかけてきた。鷲田総長が考えるプライドとは「自分の存在粗末にしないこと」であり、それは「他人から贈られるもの」だという。ある日取材で訪れた母校の小学校。ふと階段の手すりに手をやると校舎がいかにしっかりと造られているかを実感した。「子どもが日中の大半を過ごすのだからこそ立派につくろう」と昔の人は子どもを大事にしていた。だからこそ学生がプライドを持つために総長として出来ることは「みんなが自分たちのことを大事にしてもらっていると実感できる空間をつくることだった」と話す。以後、キャンパスの空いたスペースを研究施設だけではなく、ラーニング・コモンズやステューデント・コモンズといった「みんなのたまり場」として利用できるような環境に整備してきた。今では多くの学生が自主的に勉強会を開いたり、教員と議論を交わしたりする場として活用されている。また、鷲田総長が任期中に実現したかったもう一つの大きなことは「大学のシンボルをつくる」ということだった。東京大の安田講堂、京都大の時計台など国立大学には大学を代表するシンボルが存在するのに対し、阪大にはそれがなかった。創立80周年の今年、学生の思い出が集う阪大のシンボルとして、イ号館を大阪大学会館へと改築した。  
講義の話題は3月に発生した東日本大震災にも及んだ。鷲田総長は「阪神・淡路大震災を経験した自分たちが今何をしなくてはならないかと考え続けていたものの、何かを語ることの難しさの中で葛藤があった」と当時の心境を話す。また、震災で親を亡くした子どもたちが多くいる現状を「アイデンティティ形成の重要要素である『無条件に承認してくれる人』を奪われてしまった」と悲しんだ。  
2時間近くの講義を終えると会場は大きな拍手に包まれた。退任後の予定については、「家で小学生を相手に教えてみたい」といつもと変わらぬ優しい笑顔で話した。