大阪大微生物病研究所の伊川正人教授(生殖生物学)らのチームが、精子の正常な運動に必要な酵素を明らかにした。マウスを用いた実験で、この酵素が働かなければ不妊になることが示された。精子の正常な運動を意図的に妨げる男性用避妊薬の開発や、不妊症の原因解明につながることが期待されているという。同研究成果は10月23日付け米国科学誌「Science」に掲載された。

 酵素の名前は「精子カルシニューリン」。伊川教授らは、以前から知られていた「カルシニューリン」に体細胞型と精細胞型の2種類があり、精細胞型は精子だけに存在していることを突き止め「精子カルシニューリン」と命名した。次に、これが持つ役割を解明するため、ゲノム編集によって精子カルシニューリン遺伝子を破壊したオスのマウス(ノックアウトマウス)と正常な個体との比較実験を行った。するとノックアウトマウスの精子は、べん毛の一部が正常に動かなくなり卵子を覆う透明帯を通過できず、不妊という結果に。別のマウス実験で、カルシニューリンを阻害する薬を投与すると、短期間で精子の運動能力が低下し、投与を中止すると1週間で回復した。ヒトにも精子カルシニューリンが存在することも明らかにした。

 既存のカルシニューリン阻害薬では、免疫機能など、精子以外のカルシニューリンの働きも抑制されてしまう。しかし精子カルシニューリンだけを阻害する薬が開発されれば、男性の新しい避妊手段として実用化が期待される。効果が早期に現れ、元の状態に戻るのも早い避妊薬になると予想されることから、一般に普及する可能性も高い。薬の開発について伊川教授は「あと何年で、などと言えるものではない」と語った。臨床試験のハードルも高くなるとみられる。

 厚生労働省の統計では日本国内で1年間に約20万件の人工妊娠中絶が行われている。海外には禁止されている国や、賛否を巡る社会的な議論が続けられている国も多く、「(今回の研究発表は)メディアの報じられ方を含めて、日本より海外の方が反応が大きかった」と伊川教授は実感を口にした。

 また、不妊治療にも光を当てた。「全ての不妊症が解決されるわけではない」と話すが、精子形成には問題がないのに不妊となるケースの原因解明につながると期待される。

 伊川教授は、阪大の薬学部・研究科出身。高校3年のとき、当時日本では目新しかった遺伝子組み換えに興味を持ち、薬学部受験を決めた。その後、特定の遺伝子を破壊するノックアウト技術や、より高度なゲノム編集技術が開発され、遺伝子操作の世界はますます広がり続けている。自身の性格について、「医者になって一人ずつ助けるより、薬を作って多くの人を助ける方が意味がある、と考える性分」と分析する伊川教授。学生へのメッセージを求めたところ、「鶏口牛後」「人間万事塞翁が馬」と故事成語を用い「与えられた環境の中で自分の強みを押し進める」ことを大事にするようにとアドバイスを送った。