大阪大豊中キャンパスで開講された『物理学の考え方』には、筆者を含め多くの受講者が集まった。文系学生に物理学を学んでもらう講義のなかで、講師の下田正教授は「考える」ことの重要さを説いてきた。アルバイトや遊ぶことばかりで大学で勉強することが少ないと称される日本の大学生。阪大生の学び方をどう変えていけばいいのか、下田教授に話を聞いてきた。

◎「考える」ことの重要さ

――大阪大学の学生に伝えたいことはありますか?
 「考える」ことの重要さをわかってほしい。最近の学生が、阪大に入りさえすれば就職できると思っているのは全くの間違いで、就職できない人は大量にいるけれど表に出てないだけ。大学院はもっと深刻で、途中で他大学から入ってくる人は2年間就職活動ばかりしているので、研究を体験していない。ひどいときは修士論文が書けなくて退学または留年になる。
 トップクラスの大学でこんなことになっている。だから学び方を変えてほしい、というのが僕の強い願い。

――高校までの教育システムにも問題が?
 もちろん問題が大いにある。とにかく覚えておけという教え方は悪い。高校の先生方は、今の受験状況下ではそういう教え方もやむをえないと言う。でも、入試範囲は限られていて、基本を抑えていれば解ける問題ばかり。入試は決して難しくなくって、範囲が狭い定型化された問題しかでてこない。基本がわかっていたら満点が取れてもいいはず。解けない問題は出してない。

◎身近なものに感動すること

――先生は授業中に感動することを強調していましたね。
 どんな小さなことでも感動できることを知ってほしくて、身近なものをたくさん紹介した。そこに食いついてくれたら思考が進む。しかし、テレビを見るように、実験が終わったらもう思考がリセットという学生が非常に多いように感じる。
 今回レポートを書いてもらっても非常に残念なのが、インターネットをみてすぐ作っただけのものが多いということ。パワーポイントを駆使しているが結局何が言いたいのかわからないとか。数年前では考えられないほど質が落ちている。また、今年ひどかったのは、メールで自分の名前を名乗らない人も多いこと。誰がメールしてきたのか僕にはわからなかった。もう一つは、代筆が非常に多い。何のために授業に出ているのか問いたい。1人が3人分くらい(の代筆を)やっている。
 授業中にたくさん考えてほしい。そのことを目的に15回の授業をパッケージとしてやった。感じてほしい、考えてほしい。文系の人に理系科目を教える意義というのは「考えることを考えてほしい」ということ。

――授業中に工夫したことや難しかったことなどはありますか?

 関心がないものだとシャットアウトしてしまうので、身近な例だが深く考えたことがないものをテーマにした。実験を毎回おこなうことを心がけていた。授業に参加してもらって、なるほどと思える場面を増やしたつもりだ。本当は(学生に)質問やディスカッションしたかったが、大人数でそれが難しいので、毎回感想を書いてもらってそれをネットにのせた。しかし、CLEを見る学生も少なくなっていて、受講生同士のディスカッションが少ない。前はネットにのせた感想に対してのリアクションが多かったから、あの大人数でも一体感があった。今年は終わりがけに来る人が多かったし、途中での出入りが激しかった。そうなると、僕の工夫が通じないと限界を感じた。何のために大学に来るのと聞きたい。

◎問題に対して一緒に深く考えて

――これからの阪大生に期待することはどのようなことですか?
 やはり「考える」ということだが、今の学生に自分で考えてもらうのは難しいと思う。僕は大学のカリキュラムを変えようとしている。主体的で参加型の授業を増やす。そして、全体としての科目を減らして、集中的に授業を行う。問題に対して深く考えてほしい、一緒になって考えてほしい。それと、高校までの学びとは違うことに気づいてもらう。自分で手足を動かしながら考えてほしい。コマを減らして自由な時間を増やし、eラーニングをやってもらったり、自主的な学習が出来る場所をつくったりすることも考えている。
 高校生に学び方を変えてほしい。高大連携を今年から始めた。授業にでてもらったり実験をしてもらったり。学ぶってどういうことかを学んでもらう。AO入試が平成29年から始まる。高校でいろんなことを自主的にやってきて、深く考えることが出来る人を入れたい。高校生たちに大学受験のための学びがすべてではないと伝えようとしている。
それと、留学生を増やすつもりだ。彼らは学ぶ意欲が高い。彼らは聞いているだけの授業では満足しない。彼らの存在によって阪大生の意識を変えたい。

◎基本から理解できる人を育てる

――近年の文系統廃合論についてはどう思われますか?
 とんでもない話だと思う。学問とか文化というものを理解していない。彼らの言うイノベーションとはどういう意味か。それは、産業で新しいものをつくるということであって、文系はそうではないという理論。だが、非常に狭い範囲のことばかりやっていても絶対に新しいものは生まれない。学問というのは、全体像がわかって初めて理解したことになる。それを無視して、産業に役立つことが全てであるような論理はおかしい。お金が限られている状況だからこうなるのも仕方がないのだが、学び方を変えればイノベーションを起こす人材は育つ。基本から理解できる人たちを育てること。しかし、そこには手をつけずして文系を切り捨てるというのはおかしい。学生が大いに声をあげるべきだ。