本紙1面最下段に掲載しているコラム、「峻坂」(しゅんぱん)です。
そのとき、そのときに思ったこと、また、時事問題から考えさせられたこと、
そして、日々つらつらと思っていることを、それぞれの記者が書き綴っています。




2003年
▽2月号「試験の夢にうなされながら」 ▽4月号「出逢いの春、らんまん」
▽6月号「新しい肩書き」 ▽7月号「藪さんの国に学ぶ?こと」
▽10月号「ヨーヨーのゴムのような…」 ▽11月号「走ってみてわかること」

2002年
▽1月号「2002年は・・」 ▽2月号「写真が『透す』もの」
▽4月号「実家からの贈り物」 ▽6月号「語学と鍛練」
▽7月号「ニッポン、ニッポン」 ▽10月号「遠い世界の出来事…」
▽11月号「ハリーポッター流行中」 ▽12月号「報道と料理の共通点」

2001年
▽2月号「日本を客観的に見たくて」 ▽4月号「最近のことから」
▽5月号「5月の匂いに思うこと」 ▽7月号「自由な時間の使い方」
▽10月号「帰国を迎えて」 ▽11月号「テロ特措法」

2000年
▽10月号「アダルト計画」 ▽11月号「変な勧誘には・・・」
▽12月号「留学を控えて」


2004年以降のコラム






03年11月号
「走ってみてわかること」

▽初めて歴史の授業で年表を見た時、明治と昭和に挟まれた大正がえらく短く見えた。わずか15年。授業でも大正はあっという間に終わった▽もうすぐ、平成になってから丸15年が経とうとしている。しかし、自分で体験してきた平成はとてつもなく長い年月に思える。教科書に残りそうな出来事だけでも、バブル崩壊、湾岸戦争、阪神大震災、テロなど▽それに、自分自身が経験してきた出来事を含めると伝えたいことは数えきれないくらいだ▽平成の15年間が大正より濃密だというわけではない。むしろ第一次大戦や国際連盟発足などの激動の時代にあった大正は今よりもっと印象深く、長い年月であっただろう▽ただ、年表や教科書を見ている時は、年月の重みに気づかなかっただけだ▽ところで、今年の夏、自転車で京都から徳島に行った。地図で見たのと比べ、実際に走ると遥かに遠く辛かった。私は、途中で何度も引き返そうと思った▽「引き返してもどうせ走らなきゃいけないから、とりあえず進もう」という思いだけで目的地に辿り着いた。インターネットや本を利用すればいくらでも情報が手に入るが、実際に自分で体験してみないとその情報の本質は見えてこないものである。

【間屋口克】  ↑TOP↑


03年10月号
「ヨーヨーのゴムのような…」

▽先日アルバイトに向かうため電車に乗っていると、私の周りに男子高校生三人が座った。私の正面の高校生の手には、ヨーヨーが握られている▽彼は、ヨーヨーの縛り口から伸びている一本のゴムを指先に巻きつけて振り回し始めた円を描いて回りだすと、中の水がチャポチャポと跳ねる。ゴムは、円の軌道から外れようとするヨーヨーの遠心力で伸びきっている。私の鼻先をかすめるたび、身が冷えるような感覚が起こる。ちぎれたらどうするんだ▽ヨーヨーは、遠心力に勢いづけられて宙に放たれ、背広の男性に当たって破裂。高校生はこそばゆい笑いを浮かべながら儀礼的に頭を下げる。「まさかそうなるとは思わなかった」▽少し思考を働かせれば、先を見通せることは多くある。些細な注意で危険を回避することができる。しかしゴムのように思考が伸びきっていては、見落としてしまう。さらに忘れてはならないのが、些細なことが大きなことにつながっているということだ▽私はその日、アルバイトをクビになってしまった。バイクでピザの宅配を急ぐあまり信号を無視したところを警官に見つかり、ついに免許が取り消されてしまったのだ。

【甲田将一】  ↑TOP↑



03年7月号
「藪さんの国に学ぶ?こと」

▽私は藪さんの国がきらい。なぜなら自己中心的だから。大義名分をふりかざすから。自分の非を認めないから▽歯向かう国は武力で制圧。だけど、その前にちゃっかり言い訳する。「I国に隠されている大量破壊兵器の廃棄のため」と。たとえ、そんなものが見つからなくても素知らぬ振り。厚顔無恥ってこのこと?▽だけど思った。こんな国だからこそ、世界のトップに立っていられるのだと。こんなに大きな過ちを犯し続けてきたにもかかわらず。普通なら申し訳なくて世間様に顔向けできなくなってもおかしくない状況ではないだろうか。なんて精神的にタフな国なのかしら▽そして私は思う。本当は藪さんの国のその性格がうらやましい、と。口ではきらいと言いながら▽いなか生まれのせいか、知らず知らずのうちに男尊女卑・年功序列の思想が根付いていた。そのせいか、昔から自己主張が苦手だった私。そのことで大学生になって苦労してきた。そして今も。大学生活ももう折り返し地点を過ぎたというのに▽もはや遠慮や謙虚が美徳である、という時代ではなくなってきている。言いたいことは伝えなきゃ▽そうだ。藪さんの国の爪の垢でも煎じて飲んでみようかしら。

【山口あゆみ】  ↑TOP↑



03年6月号
「新しい肩書き」

▽若者よ、お前の若さを喜ぶがよい/青年時代を楽しく過ごせ/心にかなう道を、目に映るところに従って行け。(旧約聖書)▽先日、発熱して大学を休むことを余儀なくされた。一日中何をするともなしに家で寝ているということは全くの退屈だ。思えば、退屈と感じるのはずいぶん久しかったように思われる。入学してからというもの、毎日が忙しすぎて退屈している余裕は、ほとんどなかった▽目に映るもの全てが新鮮で、興味を抱かずにはいられない。講義にクラブ、サークル活動…新鮮さゆえの様々なことを思い、感じ、考える▽精神だけではない。肉体もまた忙しい。体育館見たさに坂をあがったこともある。A棟とB棟をつなぐ渡り廊下を渡った時の嬉しさといったら▽何より毎日が楽しくて仕方がない。箸が転んでもおかしい年頃、新しい友達となら、ラーメンにレンゲがつかってもおかしくなる▽「大学生」という新しい肩書き を持つだけで、こんなにも世界の見方が変わるなんて不思議だ。明日は何しよう、明後日は何しよう、明々後日は何をしよう、一年後は何しよう。まだ先のことまでが希望と期待に満ちる。4年間(以上も可)よろしくお願いします。

【新川佳那恵】  ↑TOP↑



03年4月号
「出逢いの春、らんまん」

▽見上げれば 霞か雲かの夢見草/足元に群れ咲くのは 青い星と太陽の雫/手を伸ばせば 匂いたつ春の雪/おぼろな空の下 ひだまりにくるまれて歩む…▽自転車通学がしんどくなって以来、バスではなく徒歩の頻度が上がった。じかに感じる風や光、季節に魅せられたのだ▽この時期は、あちこちで芽吹く春との出逢いが徒歩の楽しみ。麗らかな陽射しを受けて綻ぶ花が、出逢いの仲介役▽春は出逢いの季節。新しい景色や生活、想像を超えた考え方や人物に「出逢う」季節▽人間というのは本当に様々だ。2年間、取材を通じて出逢った人の言葉からはいつも新鮮な驚きと感動を受けた。「同じ人はふたりといない」わかっているようでも▽この人と、もっと話をしたい。そう感じた時が、本当に「出逢った」瞬間なのではないかと思う。そしてその出逢いは、自分以外の世界を知る貴重なチャンスだ▽逃してなるものか。未知の人との出逢いも、道の花との出逢いも。たくさん手に入れたいし大切にしたい。そこだけは、欲張りになろうと思う▽花と見れば足を止める私は、バイト先の花屋に3日行かないと寂しくなる。さてどんな就活路線を歩もうか。気付けばそんな年。

【小林朋子】  ↑TOP↑



03年2月号
「試験の夢にうなされながら」

▽最近、試験に苦しめられる夢を見ることがある。大学受験を終えて一年も経たないこの時期になぜこんな夢を見るのだろうか▽そういえば、精神分析の創始者、フロイトの「夢は無意識に至る王道である」という言葉がある。人間は行為や感情などを意識し主体性を持とうとするが、実は無意識な心の働きによって強く影響を受けている。夢とは、その無意識内にあるものの顕れだというのだ▽そう考えると大学受験や過去の試験での大変だった経験が、無意識内にあるのかもしれない。しかし、それがそれ程自分の負担になっているとは思えない▽一方で、夢は未来への準備や警告だという考え方もある。人生の関門に試験はつきものだ。大学生になり自分の道を自分で選択していく責任が増す中で、今までとは比べものにならない程の関門が待ち受けているだろう。そんな中でこの夢は、それに立ち向かう準備を促しているように思える。将来から逆算的に見て、もう一度今何をすべきか考える時期なのかもしれない▽さて受験シーズン真っ直中。受験生たちが、これから受験のその先に待っている本当の受験戦争への確実な第一歩を踏み出せることを願ってやまない

【新沼千佳】  ↑TOP↑



02年12月号
「報道と料理の共通点」

▽「関西は薄味」とよく言われるが、ある料理人曰く、理由は「素材のよさを生かしたいから」だという。素材の本当の味を自分の舌で感じ、それを自分の料理としての味につなげるのだと▽その料理人はさらに、料理人の武器は、まず「包丁」ではなく「舌」であるという。素材のよさを引きだすにはまず、素材そのもの味を「舌」で吟味する。そうすることで素材をきちんと理解して初めてそのよさを引き出せる。そして「舌」を鍛えるのは旨いものを食べることが近道だという▽この話を聞いて、報道と料理と通じるものをピーンと感じた。素材が食べ物であるか人であるか。その違いこそあれ、報道の場合もいかに旨く文章を書いても記事の内容が素材にあたる取材を生かせていなければ、さすがに後味の悪いものになってしまう。「生もの」ならなおさらだ▽報道人もまず「ペン」ではなく「目、耳」であるのではないだろうか?取材の中で実際に人に会ってその人の発した生きた言葉をどう捉えるか?旨い記事への第一歩はまずそこからである▽読む人の反応は様々だろうが、記事を作る側としては「薄味」で旨いものを目指したい。料理人と同じ気概で報道に関わっていきたいものだ

【吉永智哉】  ↑TOP↑



02年11月号
「ハリーポッター流行中」

▽一日、一日と涼しくなってゆき、過ごしやすい季節になってきた。読書の秋である ▽最近の人は季節にかかわらずあまり本を読まないそうだ。特に、小学生などは教科 書以外の本を読んだことのない児童がいるなど、日本人の『本離れ』は相当進んでい る。近頃では、授業中に指名されてもすらすらと教科書が読めない児童すらいるそう だ。文科省が心配するはずである▽そんな中、 J.K.ローリング作の『ハリー・ ポッター』シリーズは、世界中で知らぬもののないくらいの大人気だ。10月23日には 第4作『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』が発売され、朝から並んで買う人が出 るなど、その勢いは留まるところを知らない▽なにが人をそれほどまでにひきつける のか。ハリー・ポッターは共感できるキャラクターと読みやすい文体、理解しやすい ストーリーで魅力のある物語だが、それはあくまで子供の世界である。大人まで楽し めると は誉めすぎだろう。それらの大人達は子供の頃にあまり本を読まなかったのではない だろうか。中には流行だからという理由で読んでいる人もいるだろう。何も読まない よりましというべきか▽読書欲より食欲に支配されがちな今日このごろである

【卯月香名子】  ↑TOP↑



02年10月号
「遠い世界の出来事…」

▽ある日、電車に乗っていると2人のカップルが携帯を覗き込んでいました。車内が 混んでおり僕にもそのメールが目に入りました▽そこには、「隠していましたが、借 金に追われています。もう、疲れたので逃げます。今までありがとう」と書かれてい ました▽その時、2人はどんな気持ちでこのメールを見ていたのか考えてみました。 何もできずに、まわりの人間がただ不幸になっていくのはどういう気分なんだろうか と▽ただ、いくら考えても分かりませんでした。衝撃的なものを見たなというぐらい しか思いは湧いてきませんでした。結局、何も関係のないテリトリーの外の人が不幸 になったのを見ただけのことでした▽テロや、アフガンの地で苦しむ人々がそれぞれ の正義を抱え争い犠牲者が生まれていると情報が入ってきます。一時的に、悲しいと かかわいそうとか感じることがあっても、事件の現場との関係が薄すぎて感情が届き ません▽僕にとって関係の薄い人たちの争いにおいてどっちが大切かとかを感じるこ とができないのです▽情報の枠が広がって、惨事や悲劇が舞い込んできても、リアル に感じられるのは自分の領域だけらしいということを実感した秋の夜でした

【間屋口克】  ↑TOP↑



02年7月号
「ニッポン、ニッポン」

▽「あの人たちは、何をしているの?」「サッカーの応援だよ。よくごらん、いま ニッポン、ニッポンと叫んで旗を振っている人たちが、戦争になると真っ先にラッパ を吹いて死んでいくんだ」これは大好きな劇の一部分▽なぜ、W杯が開かれるだけ で、多くの人がサッカーを好きになり、日本を好きになるのだろうか。周囲の興奮が 気持ちを高ぶらせ、一つのプレー、一つの結果に普段以上の感動を感じるからだろ う。それを大衆の気分と劇ではよんでいた▽多くの人はなぜ興奮することに否定的な のか疑問に思うかもしれない。大衆を一度に酔わせるほどの快感は、個人の価値判断 を狂わせるから▽W杯を見るために、日本を応援するために仕事を休み、授業を休 み、なんの利益も得られないのに不利益を被る。何の役にも立たない歴史的瞬間を見 るために。こういう人は、いずれ新しい歴史を作るためなら命をも投げ出すんだろう ▽「サッカーは遊びだから、命を懸けるような危険なことは別だ」という人がいる。 浅間山荘では銃で発砲しあったが、日本中を熱狂させた。熱狂は、そのうち自分の不 利益どころか、他人に与える不利益すらもみえなくなっていく。そんなのは嫌だなぁ

【間屋口克】  ↑TOP↑



02年6月号
「語学と鍛練」

▽学生の本分は何だ、と問われれば「勉強です」と答えるのは今も昔も変わらぬこと だろう。外大に来た理由は、何よりも外国語が好きでその勉強をしたいからだ。雑誌 を読むように文法書と親しみ、小説のページをめくるように辞書を引く。友人とは専 攻語で会話し、旅行カバンにも辞書は入れておきたい▽「ドイツ語を勉強していれば 絶対に間違いはない。こりゃ確かにその通りだが、それでもやはり問題がある」と手 記に綴ったのは、昭和16年の大外大生である(飯尾道直『教室雑記』)。語学に青春 を捧げる価値はあるのか、語学をする意味は何だ、と外国語を学ぶ誰もが発する答え なき疑問符は、今も昔も変わるところがない▽作家、坂口安吾はパーリー語を専攻を したという。毎朝午前2時に起き冷水を浴び、パーリー語で三帰文を唱え、15時間机 に向かう。これを1年半続けた▽「鍛錬」。語学にはこの言葉が似合う。専攻語を流 ちょうにあやつりたい、高得点を得たい、という見返りとは無縁の境地に身を置き、 筋トレをこなすよう無心に例文を暗ようし、翻訳にいそしむ。経文を唱え、写経を行 う修行僧のごとく▽動詞活用を唱えながら、今日も小野原から大外大まで勤行だ

【甲田将一】  ↑TOP↑



02年4月号
「実家からの贈り物」

▽一人暮らしをするようになってからだいぶ年月が経ち、一人でテレビを見たり、時 折シーンとする部屋の雰囲気にも慣れた▽こんな生活を送っている中で、実家のこと を思い出させるように、定期的に実家から荷物が届く。その荷物の中にはビッシリと 食料が詰まっている。冷凍された母の煮物。季節に応じて畑で取れる野菜。秋にはサ ンマが入っていた時もあった。さらに今回は、メロンソーダの素も入っていた。思わ ずそれを見たときは笑ってしまった▽きっと母は毎回私に何を送ろうかと考えている のだなと思うと、本当に感謝の気持ちでいっぱいになる。荷物が届いてからの数日 間、私の食事は実家に居たときのように、おかずも増え、栄養バランス満点のものへ と変化する。しばらくすると元の味気ない食事に戻ってしまうのが悲しいが▽荷物が 届くと決まって実家に電話をする。そして「ありがとう」という感謝の言葉が素直に 出る。実家にいたときは照れくさくてなかなか言えない言葉だった▽これから先もし ばらく、いや何年先もこの定期的に送られてくる荷物にお世話になるのは確かだろう ▽さて次回はどんな荷物が届くのだろうか。実に楽しみである

【浦野純子】  ↑TOP↑



02年2月号
「写真が『透す』もの」

▽ある写真家が、第2次世界大戦、ナチスドイツから解放直後のパリの街角でシャッ ターを切った▽パリは街の隅々まで、解放を喜ぶ人々であふれていた。それまでの息 をひそめた生活を忘れるかのように狂喜、乱舞した。その一角で▽ある女性が髪をそ られ、抱きしめる赤ん坊とともに引き回されていた。彼女はナチスに協力したと疑わ れた。彼女は、人々のナチスに対する憎悪のはけ口とされたのだ。写真家は偶然、そ の場に立っていた▽彼の写真がとらえたもの、それは、引き回される女性の悲しみよ りもむしろ、引き回す人々の目だった。目、目、目、目、目・・・そこに浮かんでい た感情は、人間が最も厭しむべきものであるに違いない▽彼のこの写真は後、戦争の 悲惨さを伝える1枚として激賞された。戦争の悲惨さを伝える写真が、戦場ではな く、何の変哲もない街中で撮られたものだったことは、ある意味、象徴的だ▽ユネス コ憲章前文「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和の砦 (とりで)を築かなければならない」。この言葉をもう一度かみしめる▽パリの街角 でシャッターを切った写真家―彼の名は、ロバート・キャパ

【中台達也】  ↑TOP↑



02年1月号
「2002年は・・」

▽日本漢字検定協会が毎年12月に1年の世相を表した漢字を発表している。昨年は 「戦」が選ばれた。池田小の児童殺傷事件、明石の花火大会、米同時多発テロと日常 が突如として「戦場」に変わる衝撃的な事件が相次いだ▽テロ事件での「米かテロリ ストか」というブッシュ大統領の言葉は「第3次世界大戦」の勃発を予想させた。し かし、年の瀬に暫定政権が発足し「戦」は終わりを見せたかのように見えた▽これを 冷ややかに見つめる人がいる。中村哲医師はぺシャワール会で、17年間にわたってア フガニスタンで医療活動を行ってきた。アフガンの大地で医師は、新聞やテレビでは 映し出されない人々の生の生活を見つめ続けた。そんな自身の体験から「民主政権を 導入したからといって『選挙』という概念すらないアフガンで、簡単にうまくはいか ない」。平和を築くには長い年月が必要なようだ▽カブールでは、1日から子どもた ちへ「はしか」の予防接種が開始された。少しづつではあるが、生活に潤いがとりも どされつつある。しかし、この平和を壊すのは、維持するよりもたやすい。新しい年 を迎えて、今年一年が平穏でありますようにと、切に願わずにはいられない

【森広加代子】  ↑TOP↑



01年11月号
「テロ特措法」

▽10月29日、米軍の軍事行動を支援するテロ対策特措法が与党で可決され、成立した ▽私はこのニュースに驚くというよりもむしろ呆れてしまった。そして「歴史はくり かえす」という言葉が頭をよぎった▽日本人の大半は私と同じように思ったことであ ろう。なぜなら日本は戦争の悲惨さを経験した国であるし、憲法で戦争放棄を掲げて いるのだから▽こんな短期間で法案が可決され、親族が自衛隊にいる人々はどれほど 不安に思っていることか。国会議員たちは自分の息子が戦争に行かねばならない法案 であっても可決したであろうか▽確かにテロは憎むべきものだ。しかしなぜ日本は憲 法をねじ曲げてまでアメリカに肩入れするのだろう▽最近、よく見かける意見だが、 飢えや寒さで苦しんでいるアフガンの人々への物的援助も立派なテロとの戦いではな いだろうか▽すべての国が武力でアメリカを支援したら無関係の一般人は誰が助ける のだ▽日本は、軍事行動に参加するための法案を議論するよりも、このような援助こ そすべきではないだろうか▽武力で援助しないことでバッシングされてもいい。武力 を行使しない国があってもいい。その矢先のニュースだった

【山口あゆみ】  ↑TOP↑



01年10月号
「帰国を迎えて」

▽そろそろ帰国の時間になる。1年間は短い。特に留学の場合。その1年について少 し話そうか▽日本とフランスの学生の生活はずいぶん違うのだ。例えば、フランスで は、大学生活と大学の外の生活が日本よりはっきり分かれている。クラブはないどこ ろか、大学でスポーツをする人は日本ほど多くない。つまり、フランスでは、大学は まず勉強する場所として見られている。それ以外のことは、できるだけ大学の外です る。その方が自由だという感じがするからかもしれない▽日本ではグループに属する 意識が強いということは、フランスの大学で習ったことではあった。が、外大の剣道 部と新聞部に入って実感した。具体的に、日本ではよくクラブの人の間でパーティー を行うのに対し、フランスではクラブや大学の内外にとどまらない友達の間で遊ぶの だ▽日本に来てから1年、クラブの枠の中で日本の学生の生活に慣れはじめたところ でフランスに帰る。そこで私は不思議に思う。フランス人としていくら日本のことを 知っていても、どこまで日本社会に属することができるのか。私の経験から見れば、 割にできると思うがいつもどこか皆と違う感じがするうえ、頭の中でフランスと離れ ない

【ブノア・ミカエル】  ↑TOP↑



01年7月号
「自由な時間の使い方」

▽一生のうちで一番自由な時間があるのはいつかと聞くと、大抵の人は「大学時代 だ」と答える。確かに大学時代は、仕事や勉強といった義務的に拘束される時間を、 自分自身で決めることができる▽しかし自由な時間があるときには、一体何をするの だろうか。多くの場合は、自由な時間とは余暇を指すため、遊んだり休んだり興味の あることをして、自分自身が休まる時間にするのだろう。大学時代という自由な時間 の場合は、実際は別としても休むことは嫌われる▽確かに、何年にもわたって大学生 活はあるため、できることの選択肢も多く、ゆったりとした大学生活を送るだけでは もったいないと感じることもあるだろうし、その先の人生に不安を感じることもある だろう。しかし、一生の中で一番自由な時間が与えられている大学時代に、遊んだり 休んだり、したいことをせずにいつするのだろう▽遊ぶために大学生活があるという わけではないが、必要もないのにバイトをしたり、必要だといわれているからといっ て資格を取ったりする為に時間を使うのは本当に有意義だろうか▽もう少し自分の時 間の使い方を見直し、自分の為に時間を使ってみるのはどうであろうか

【間屋口克】  ↑TOP↑



01年5月号
「5月の匂いに思うこと」

▽早朝に外へ出ると、普段とは違う景色に出会えることを、私はつい最近知った。自 然というのは不思議なもので、朝と昼の顔がまるで別物なのだ▽人気のない道。絶え 間なくさえずる鳥たち、起きぬけのようにぼんやりと霞んだ太陽と山。そして何より 印象的だったのは、空気の匂いだ。日ごと色を強めていく緑から、空気が立ち昇って いるのではないかと思うほど「緑」の匂いがする。それはとても心地よい香りで、他 の時間には決して出会えないものだ▽このような自然に触れて「ああ、きれいだな」 と感じる人はどれくらいいるのだろう。薄い言葉ではなく、称賛の気持ちを込めた言 葉はあまり耳にしない。以前、「昨夜の星がとてもきれいだった」と言った時、「星 なんて見ない」と返されて大きなショックを感じたことがある。そんなものなのだろ うか▽自然の存在が当たり前すぎて、意識されなくなっているのではないかと思う。 四季折々の花が道端に咲くことも、空が夕方にだけ茜色に染まることも、いつものこ とだと言わんばかりに。けれど、自然は毎日違う顔をしている。それを少し心に留め ておくだけで、例えば単調な日々に色が付くこともあるはずだ

【小林朋子】  ↑TOP↑



01年4月号
「最近のことから」

▽最近、学寮自治会が再結成された。大学側との交渉、寮生の意見取りまとめなどに 一生懸命取り組んでいる▽寮ではこういった動きがあった一方、大学全体でこのよう な動きは見られない。学生の声はあまりに小さく、その小さい声を大学側に届ける自 治会は事実上存在しない▽現在、様々な外的要因もあり、大学が激しく動いている。 阪大との単位互換導入もその一端だ。おそらくこの数年で、外大の将来を大きく左右 するような出来事も起こるだろう▽このような激動の時代において、いやそんな時代 だからこそ、学生の意見を吸い上げる組織が必要とされる。不満を小さな声でつぶや いていれば、誰かが解決してくれることなどほとんどない。学生の学生による学生の ための組織が必要だ▽そんなことをしても意味がないという人もいるかもしれない。 しかし、学寮自治会は、望んだとおりのものではなかったが、ある一定の成果を得 た。大きく声をあげ、組織として活動したからこそ得られたものだ▽もし学生自治会 のようなものが再び組織されたならば、バイク問題のような学生の問題も少なくとも 今よりは改善されるのではないか。これは私の夢にすぎないのだろうか

【中台達也】  ↑TOP↑



01年2月号
「日本を客観的に見たくて」

▽大阪外大ニュース編集部に入部してから、約二年が経つ。取材を通して、ドイツ 人、ロシア人などたくさんの外国人に出会った▽学生や教授から、講演で招かれた 人、大外大で日本語を勉強している留学生。来日の目的は様々だ。言葉も文化も違う 国からやって来た。しかし、日本の文化を少しでも多く吸収し、理解しようとする姿 勢は共通していた▽外国語を学ぶ意義は、人によって様々だろう。私にとってのそれ は、他の言語、文化を学ぶことで、自分の国を見つめ直すきっかけをつかむことにあ ると考える▽日常に英語が溢れているからこそ、日本語の美しさを感じる。平仮名、 片仮名、漢字で構成される文、言葉の響き。どこの国の言葉より、日本語が好きだ▽ 自分の好きなことを発展させようとするときこそ「客観的な目」が必要になる。じっ と眺めているだけでは気づかなかったものが、外から眺めることで見えるようにな る。自分の顔は自分で見れないのと同じだ▽大外大は「学問」という領域を通じて、 世界各国の人々が共存する場所。他の文化を吸収しようとするとき、この大学には、 多くのチャンスが眠っている。ただ、それを生かすのも殺すのも自分次第だ

【大西新】  ↑TOP↑



00年12月号
「留学を控えて」

▽大学に入学して、早くも二年半。そんな中、就職戦線は年々その到来を早めてい る。一方、大卒者の就職内定率は近年、低下の一途。就職浪人や就職留年を選ばざる を得ない学生も。どこか全てが企業ペースで進んでいるようで、違和感を覚える▽こ の時期、多くの大外大三年生も、迫りくる「就職」という言葉に希望を抱いたり、あ るいは漠然とした不安や焦りを感じているだろう▽そんな中、私は休学して、次に来 る一年間を海外で過ごすことにした。もちろん、大外大生にとっては決して珍しいこ とではない。しかし、来る一年間、今まで課外活動に興じるあまり、熱心にやってき たとは言えない机上の勉強を広範囲にわたってやってみたい。そのことで、何か自ら の将来へのヒントとなるものが見えてくれれば幸いである▽人生は、様々な迷いが伴 うものである。しかし、私はいつも自分の選択が正しいと思うことにしている。少な くとも、正しくはなくても、後悔はしない。この自信は、もちろん、この二年半の大 外大での日々が支えてくれているものでもある▽最後に、こんな好き勝手をやってい る自分に「投資」してくれている両親に心からの感謝を送りたい

【寺坂洋希】  ↑TOP↑



00年11月号
「変な勧誘には・・・」

▽「カジカジやノンノのアンケートなんですけど記入してもらえませんか?」アメリ カ村を歩いていると、男の子に声をかけられた。有名雑誌の名に安心し、粗品がもら えることに気を良くした私は、その男の子に連れられるままビルの三階へとたどり着 いた▽アンケートは主に美容に関するもので、スーツを着た二十代ぐらいの男がアン ケートの結果を見て私にアドバイスをしてきた。「(目の下の)隈が気になるの?水 をたくさん飲んだらいいよ」と、かなり親身になって相談に乗ってくれたので、いつ のまにか私は男の話を真剣に聞くようになった▽それからしばらくすると、急に男は エステの話をしだした。どうやら私のいること場所は男の絶賛するエステで、粗品と はエステの無料招待券だった。騙されたことに気づき、いつ帰ろうかとどぎまぎして いると、男は案の定エステの勧誘を始めた。私が頑なに拒むとついに男が怒りだし た。「自分でかわいいとでも思ってんのか?整形してからこいや」男の怒鳴り声を聞 きながら店を飛びだした▽なんとか逃れてよかったが、勧誘を断って乱暴されたとい う話を聞いたことがある。変な勧誘には気をつけたいものだ

【森広加代子】  ↑TOP↑



00年10月号
「アダルト計画」

▽大阪弁にあこがれて、大阪娘として四月にデビュー。以来、アダルト計画を開始し て半年が経つ。高三の時よく中学生に間違えられたのが悔しかったから▽アダルトと 言っても妖艶なのは困る。そこはかとなく大人っぽいのが理想。しかし、どうしたら よいのか分からず、使い古された手だがとりあえず髪を染めてみた。派手な黄色やピ ンクは厳しい女子高時代の反動▽とたんに黒スーツのお兄さん方から水商売の誘いが かかるようになり、親戚のおばさんからの「変わったわねぇ(もちろん悪い意味)」 的ささやきが耳をかすめ、オイラを見る子供たちの目がより丸くなったように思う。 まさに異世界。おもしろくておもしろくて▽するとどうだろう、苦手な人付き合いが フッと楽になった。様々な視線を投げかけてくる人達と接していく中で、自分の中に も新しい視点や発想が生まれた。免疫もできた。それは黒髪に戻った今も失っていな い▽それから色んな場所で色んな出会いを重ね、大切な人もできた▽髪染めは眉が浮 くなど問題点はあるが、自分を変えるきっかけの一つにはなるだろう。寒風吹きすさ ぶ秋の間谷に皆で彩りを添えてみようではないか。あー、次は何色にしようかな

【藤谷久美子】  ↑TOP↑





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