【3・4月号掲載】コラム・知恵袋

 長野県立科町の小学校で、25年前に植えた卒業記念樹のポプラが切り倒された。目的は町道を拡張するため。町は、住民に十分な説明をしていなかったという▼2月11日付の信濃毎日新聞朝刊の社説で取り上げられていた。思い出の木を伐採されたことに、卒業生や住民は反発。社説は町の対応を非難し、「行政とは異なる価値観を持つ住民との対話をおろそかにしては、人口減少、高齢社会に応じる柔軟な策も出てこないだろう」と続けた▼どうも立科町で起こった出来事と、京都大の現状が類似している気がしてならない。京大は昨年12月に、学生らと十分に話し合わないまま、「吉田寮生の安全確保についての基本方針」や「京都大学立看板規程」を発表した▼一部の学生は反発の声を強めている。「全国各地の大学で学内管理強化が進む。なんとしてでも食い止めねば」「京大の現状は山極寿一総長が掲げる対話とはかけ離れている」▼そういえば山極総長は昨年4月の入学式で、青春を戦争に翻弄(ほんろう)された詩人、茨木のり子さんの詩「六月」を紹介し、「京大を誰もが生きる楽しさを分かち合える美しい場所にしたい」と語った。まさか当事者の学生と対話せず、吉田寮や立て看板のような京大の伝統を一掃することで「美しい場所」を実現しようとしているのか▼「もはやいかなる権威にも倚(よ)りかかりたくない」。茨木の代表作「倚りかからず」の1節に、抗議する学生らの切実な思いが重なる。  
【西崎啓太朗】

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