【1月号掲載】コラム・知恵袋

私には長年想いをはせる国がある。世界でも類いまれな神秘的な遺跡が存在する国、ミャンマーだ。世界三大仏教遺跡の一つ、11世紀から13世紀にかけて栄えたパガン王朝の都、パガン遺跡。3千近くの無数にそびえる寺院と仏塔だけが形を残し、東西7㌔、南北6㌔の平原を埋め尽くす。

そのパガンが世界遺産に登録されるかどうか、ミャンマーの民主化以降関心が高まっている。世界遺産登録には、当時の原形を可能な限り保つことが必要だ

しかしパガンでは、仏像は電飾できらびやかに、塗装が剥げたら元の色とは関係なく白塗りに。原形を全く無視した修復をし、さらには遺跡の敷地に仏塔をどんどん増やしている

価値ある遺跡を保護せず好き勝手することは一見もったいなく思う。しかしミャンマーの人たちにとってパガンは「遺跡」ではなく、生活の中に生きた信仰の場。修復したり新しく仏塔を建設したりすることは、純粋な信仰心の表れなのだ

遺跡とは過去の人間の活動跡が残る場所。今なおミャンマーの人々のあつい信仰とともに生きる場所が過去の活動跡を目指すことは、近代化の波にのまれていくことではないか

「何かを得ようとすると失うものもある」。生きた信仰のあるパガンはいつまで続くのか。近代化の波と生きた信仰をてんびんに掛ける。自然に人々の価値観が近代化されるかもしれない。だが私は、パガンの仏像が電飾できらめいているうちにミャンマーに行きたい。                                       【奥田結希】

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