2020年東京五輪・パラリンピック競技大会に向け、国内の大学が取り組みを見せている。五輪で活躍する選手や、ボランティア人材の育成のほか、選手のパフォーマンス向上を目指した研究など、さまざまだ。全国で五輪への動きが広がる中、大学が担う役割について考える。

 公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会と全国552の大学・短期大学は、昨年6月に連携協定を締結した。以降も連携大学は増え、ことし9月1日の時点で783校に上る。 協定では、五輪・パラリンピック教育の推進やグローバル人材の育成、各大学の特色を生かした取り組みを行っていくとしている。

 連携活動の一つとして、全国を北海道、東北、首都圏、北信越、東海、近畿、中国、四国、九州の9ブロックに分け、地域巡回フォーラムを開催。フォーラムでは、連携大学の学生・教職員を中心に、活動報告や各大学のすべき取り組み、地域との連携などについての意見交換を行う。

 各大学では、五輪に関するシンポジウムや五輪アスリートを招いての講演会など、さまざまなことを行っている。東京から離れた関西の大学でも、五輪への取り組みが始まっている。
 

◇近大
選手強化 メダル狙う

東京五輪でのメダル獲得を目標に掲げる近大
東京五輪でのメダル獲得を目標に掲げる近大

 ことし4月、近畿大は東京五輪 ・パラリンピックに向けて、 体育会系クラブの支援などを行う「スポーツ振興センター」を設置した。近大関係者の五輪・パラリンピックへの出場、及びメダル獲得を目的とするほか、関西の大学スポーツ界を盛り上げたいとしている。

 同センターでは、指導体制の充実、練習環境の整備、財政の支援などを図る。昨年5月に選定した「重点強化指定クラブ」に対しては、指導を専門に行う職員を雇用し、五輪や世界選手権と同等の国際基準の設備を整えるなどしている。過去の五輪への出場やメダル獲得などの実績から、水上競技部、ボクシング部、洋弓部の3つが重点強化指定クラブとなっている。

 2012年ロンドン五輪で近大関係者が獲得したメダルは、アーチェリーで2個、競泳で5個の計7個。東京五輪・パラリンピックでは、ロンドン五輪を超える9個から11個のメダル獲得を目指す。

 一方、課題となるのは学業とクラブ活動の両立だ。同センター長の中島茂さんは「両立は大学の理解や支援がなければ難しい」と話す。授業を映像で記録し、選手が海外遠征に行っている場合でも、現地で授業内容を確認できるようにするなど、両立を支援するシステムを今後確立させていきたいという。

 近大関係者が五輪に出場すれば、多くの学生や教職員、卒業生が選手を応援することになる。中島さんは「応援を通して一体感や母校愛などの醸成につなげ、大学の活力源になってほしい」と期待を込める。 

 

◇外国語大
通訳人材 育成図る

 全国の7つの外国語大学(関西外国語大、神田外語大、京都外国語大、神戸市外国語大、東京外国語大、長崎外国語大、名古屋外国語大)が連携し、東京五輪・パラリンピックや各種国際大会に向けて通訳ボランティアを行う人材の育成を始めている。8月24日から27日にかけての4日間は、7大学が共同で通訳ボランティア育成セミナーを行った。今後も同様のセミナーを開催予定だ。過去に各種大会へ通訳ボランティアを派遣してきた実績のある神田外語大が中心となり、取り組んでいる。

 第1回目となった今回のセミナーには、240人の学生が参加。五輪の歴史をはじめとした基礎知識や、スポーツ文化、異文化理解、通訳技法などについて学んだという。また、セミナーに参加した学生は、専用の人材バンクに登録でき、五輪などで通訳ボランティアとしての活動が可能だ。今回は英語を対象としたものだったが、今後は他の言語も検討する。

 関西外大では今回のセミナーを受け、学内でも人材育成に向けた講座などを行っていきたいという。「(学生にとって)学んだ言語を実際に使えるのは喜ばしいことだ」と関西外大の担当者は話している。

 

◇阪大
スポーツ研究拠点へ 医・工・情報で連携

阪大では最先端の研究に取り組んでいる
阪大では最先端の研究に取り組んでいる

 東京五輪・パラリンピックに向け、スポーツ研究の拠点として名乗りを上げるのが大阪大だ。医学、工学、情報科学の各分野の連携を強め、選手をサポートするシステムの確立を目指す。

 阪大では、国際医工情報センターを設置するなどして、工学や情報科学を医学に応用する研究を進めている。五輪に向けては、各分野の研究をスポーツやヘルスケアに生かす考えだ。

 主に取り組むのは、実世界の情報をサイバー空間のコンピューティング能力と結びつける、サイバーフィジカルシステム(CPS)のスポーツへの応用。選手のパフォーマンスを可視化し、リアルタイムで解析、フィードバックを行うシステムの実現を目指す。選手の心拍数や行動パターンなどさまざまなデータを計測し、選手がより高いパフォーマンスを引き出すためのサポートをする。また、 データを基に選手の次の行動や、けが・熱中症などの予測も行えるようにしていくという。

 五輪終了後、開発したシステムを一般に向けて普及させることも視野に入れる。日常生活の中でさまざまなデータを計測し、病気の予防を目指す研究につなげていく。

 また、阪大は5月に日本スポーツ振興センター(JSC)と包括連携協定を締結。両者の強みや資源を生かし、国内における競技力の向上や健康寿命の延伸といった課題に取り組む。

 大阪大学大学院医学系研究科の中田研教授は「大学にとって社会の要求に対応するミッションが与えられた」と語る。選手の健康管理などの「ソフト・レガシー(無形の遺産)」を残せるようにと、研究への意気込みを見せた。

 

多様な役割 大学に

 立命館大の種子田穣(たねだ・じょう)教授は、大学が東京五輪・パラリンピックに関わることで「日本のスポーツを発展させることができるだろう」と話す。種子田教授によると、大学は大きく二つの役割を担う。

 一つは優秀な選手の育成と、マイナースポーツの振興。「2020年に活躍する選手を育てることも必要だが、頂点に立つ一部の選手がいても、その競技はブームに終わるだけ」と種子田教授は話す。一般の人々に向けてスポーツを教えたり体験会を行ったりすることで、人気のない競技も身近な存在にできる。

 もう一つは、学生がスポーツに触れる機会を作ることだ。種子田教授はチームプレーや一丸となった応援など、スポーツの連帯感は現代人にとって必要なつながりだと考える。次世代を担う学生が五輪に関わり連帯感を感じることで、五輪終了後のスポーツ界が盛り上がる可能性が広がるという。

 研究費や研究機材の確保が見込めるため、 五輪に向けて大学がスポーツ研究を行うメリットは大きい。しかし、奈良女子大の石坂友司准教授によると、五輪に関わることに対して消極的な大学もある。研究以外の取り組みは大学にとって負担となり、スポーツ研究が盛んな大学以外にはメリットがほとんどないという。

 だが、「大学が取り組みを行うことに、全く意味がないわけではない」と石坂准教授は話す。「そもそも五輪とは何か、五輪の理念などについて知らない人が多い」。奈女大では、近代五輪創始者の思想をテーマとしたものなど、五輪に関するシンポジウムを年1回開催。シンポジウムの開催などが五輪について考えるきっかけとなるのではないかと考えている。

 「学生くらいの年齢が、五輪との付き合いが始まる接点となる」。「5年後、自分なりの『オリンピック観』が成熟していたら素晴らしいのでは」と石坂准教授は話した。

 

編集後記

 東京五輪・パラリンピックまで、あと5年。各大学が取り組みを見せているとはいえ、まだ実感は薄い。

 五輪に向けた取り組みではあっても、「五輪まで」ではなく、終了後も視野に入れている。「オリンピック・レガシー」という言葉があるように、五輪終了後に何を残すかということも重視される。

 多くの学生は5年後には社会人となっている。社会人として、国内で行われる五輪にどう関わるのか、そして終了後は。選手として出場する人、ボランティアに取り組む人、研究に打ち込む人、それぞれだろう。5年後にどうありたいか、何か目標を立ててみるのもいいだろう。